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乱暴に開けられた襖を見て、走り去る背中を見て、その時何を考えていたかはあまり覚えていない。ただ、言葉にできないほどの大きな絶望感に襲われたことは覚えている。同じ場にいた清正らが告げ口をしたのか、飛んできたおねね様から早く見つけて仲直りしてきなさいと怒られるまでその場から動けなかった。本当はすぐに取っ捕まえて怒鳴り散らしてやりたかったのに、いざ捕まえて直接拒絶されたらと思うと、もう駄目だった。そうさせてしまうほどのことをしていた自覚がなかったわけではない。己のこの性格は幼い頃から、それこそなまえと共に過ごしていた頃からのもので今さら矯正などできるはずもないししようとも思わない。そんなありのままの俺を今だってなまえは受け入れてくれていたから。多少昔よりは怒ることが多かったが、それでも強く咎めることはしなかった。だからこれで良いのだと思っていたのに、また甘えすぎていたというのか。こんなことでまた離ればなれになるのか。もう帰ってこないつもりか。二度と顔を見せないつもりか。そうして、また忘れるのか、俺を。

血眼になって走り回った城下町で、見知らぬ男と談笑する姿を見つけた。俺の前では見せることの少なくなった穏やかな笑みを浮かべたなまえがそのまま本当に俺の前から消えてしまいそうで、気が付けば結局怒鳴り付けていた。気に入らない。知った風な口を利く男も。そんな男に味方しようとするなまえも。何もかも気に入らない。

何よりもなまえを見る男の、高虎の目が、一番気に入らない。











「金輪際、その姿で高虎には近付くな」

高虎から離れてズンズン歩くこと数分。相変わらずこちらを見ずにやっと口を開いたかと思えばこれである。唐突すぎて目が点になったのだが聞き間違いでなければこいつ今たしかに高虎と会うな的なこと言ったよな?恐らく迂闊に会ってボロが出ないように注意しろってことなんだろうけど、それを抜きにしてもおかしいだろ。

「お前…他に言うことねえの…?」

まずは謝罪だろーが!!!なんでサラッと無かったことにしようとしてんだこいつ!!そういうとこだぞ!!俺の言葉を聞いてさすがに振り向いた三成だが、あれか?もしかして自分のせいで俺が脱走したっていう自覚は一切なしってことなのか?どんだけだよ怖いわ!

「お前、まさかなんで俺が城から飛び出したか分かって…」
「俺のせいだろう」
「ほらみろやっぱ分かってない…えっ?え、今認めた?認めたの?」
「……少し、言い過ぎた。すまぬ」

ぎゃんぎゃんに吠えていた先ほどとはうってかわってぼそぼそとそう言ったのでそれこそ聞き間違いなのではないかと思った。俺がどんだけブーブー言ってもツンとしていた三成が、自分の非を、認めた…!それどころか謝った!これは大変なことだぜおねね様に赤飯炊いてもらわねえと!

冗談はさておき、マジでどした?いやまあ謝罪を促したのは他でもない俺なのだが、まさかそんな素直に謝罪されるとは思わなかったのでなんとも拍子抜けだ。ひょっとして脱走作戦がかなり効果的だったのだろうか。こんなにしおらしい三成を見るのは佐吉の時に別れた日以来かもしれない。

「…今後は暴言暴力控えてくれる?」
「……善処する」
「朝起こす時に腹踏むのもやめてくれる?」
「…お前が俺の呼び掛け三度以内で起きるのなら」
「(やめてはくれねえのか…)あー…あと、高虎には近付くなってどういうこと?からす状態の時ならまだしも、素顔のままならさすがに俺そんなヘマしねえと思うんだけど」
「………気に入らないからだ」

こ、子どもかよ…俺関係ねえじゃん…お前が絡まなければいいだけじゃん…巻き込むなよ…しかしあまり食い下がってもまた怒らせるだけだろう。せっかく反省してくれてるみたいだし高虎の話はここまでにしておくか。

「…まあ、俺も急に飛び出して悪かったy」
「それもそうだ元はと言えばお前が俺の言うことの半分も理解できないくせに口答えをしたから叱りつけてやっただけのことそれをさも理不尽だと言わんばかりに勝手に怒り勝手に出て行きこの俺にわざわざ探させるとはいい身分になったものだなたしかに俺も言い過ぎた部分はあるがそもそもお前がもう少し思慮深ければこんなことにはならなかったのだよむしろ俺は何も悪くないやはり怒らせたお前が悪い」
「………」

三成お前マジでそういうとこだぞ!!!!!
















数年ぶりに再会した友は何も変わっちゃいなかった。強いて変化を挙げるとするならば、俺の方が少し見下げねばならぬほど身長差が出来ていたことくらいだろうか。それが気に障ったらしいなまえに屈まされてじっと見つめられた時はどうしようかと思った。顔に熱が集中したのが自分でも分かって慌てて顔を押し退けたくらいだ。本人に自覚がないので余計タチが悪い。

秀長様にお仕えして少し経ったが、それまでにも知らない町や城を訪れる度なまえの姿を探した。旅を続けているのならまたいつか必ず会えると信じていたからだ。秀吉の元で過ごしているという話には少なからず衝撃を受けたが、俺に対してどこか申し訳なさそうにしている様子を見る限り何か事情があるのだろう。そこを追求するつもりもないし、そうでなくても咎める理由もない。ただ、一つ気掛かりなのは石田三成とかいう男の存在だ。単純になまえに対して必要以上に暴言を吐くだけならば怒りこそすれそこまで気にも留めなかっただろうが、奴はどこかおかしかった。険しく歪む顔には怒りだけでなく、焦燥感や初対面である俺への激しい憎悪すら感じた。一目見て、こいつはなまえに酷く執着しているのだと察した。

それなら余計に返すわけにはいかないと思ったが、なまえは簡単に俺の手をほどいて行ってしまった。笑ってすまんと謝るあいつはきっと気付いていないのだろう、三成の本性に。それともすでに知っていて、すべて受け入れた上でそばにいるのだろうか。どちらにせよなまえ本人に聞かねばわからないことだ。考えていても答えはでないだろう。 

「…どのみち諦めるつもりも無いしな」

やっと再会できたことが嬉しくてそのまま抱きしめてしまったあの時、背に回された腕に息が詰まったことなどお前はきっと知らないだろう。ほんの数秒だったのに感触と熱がまだ腕や胸に残っている気がして、自分も相当拗らせているなと自嘲した。せっかく居場所を突き止めることが出来たのだ。また日を改めて、不本意ではあるが長浜城へ訪ねるとしよう。






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