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その人は











「よう。ちゃんと飯食ってっか?佐吉」



その人は、明るくて、気さくで、優しくて、暖かくて、



「お前みたいなガキはなまえ兄ちゃんと一緒に外で元気に遊んでりゃいいんだよ。な、今日は虫取り行こうぜ!」



とても、甘い人だった。

厳しさが足りないというような意味ではない。どちらかと言えば、甘味を食べた時に感じるような味覚的な意味だ。もちろん実際に舐めて確かめたわけではない。ただ、甘ったるい人だった。俺を見る目も、話す声も、近付くと香る匂いも、ひたすらに甘く感じたことを覚えている。それこそ胸焼けが起きそうなほど。

別に甘味が嫌いなわけではないが、声を上げて好きだと言うほどでもない。何事も適量でよい。なのにあの人のそばにいると苦しいくらいの甘さに襲われてどうしようもなくなる。それなら離れてしまえばいいのにそれが出来なかった。お世辞にも可愛いとは言い難い俺を、あの人がそれでも笑って受け入れてくれたから。

だから、俺も、受け入れた。水に溶かしきれないほどの砂糖でどろどろに濁ったような、甘い甘いあの人の存在を受け入れて、その結果、いつの間にか依存していたのだ。甘過ぎて苦手だと思っていたのに、いつしかそれがないと苦しいとさえ思うようになってしまった。離れがたいと思ってしまった。もっと、ずっと、叶うならば永久に。あの人が与えるすべてをただ俺だけが手にすることができたなら、それはどれだけ幸せなことなのだろうか。



「もっと大人になったら、必ず兄ちゃんがお前のこと見つけてやるよ」



突然訪れた別れに身を裂かれる思いだった当時、その言葉にどれだけ救われたか。その言葉だけを信じて俺は今日この時まで必死で生きてきた。思っていたような再会ではなかったがそれでもかまわない。結果的に目の届く範囲に捕らえることが出来たのだから。

年を重ね、学を積み、離れている間も抱えていた想いは変わらず、気付けばまた再び会えた時の事よりもその先の事を考えるようになっていた。誰にでも分け隔てなく暖かに接するあの人を手中に収めるにはどうすればいいのか。すぐに囲ってしまうのは簡単だが逃げられてしまっては意味がない。本性を知られないように、慎重に、静かに、素知らぬふりをして、少しずつ外堀を埋めていけばいい。



「…あまい」
「は?なに?なんか言った?」



背後から回された腕が、背中越しに感じる体温が心地いい。密着しているせいで嫌でも鼻孔を刺激する匂いがたまらなく甘い。どうしたと言って俺の頬に寄せられた顔が触れそうになって、耳に触れた吐息と声に軽く眩暈がした。



「……なにも」



あれからもう何年も経っているのに、この人は、こいつは少しも変わっていなかった。こいつは今でも明るくて、気さくで、優しくて、暖かくて、少し馬鹿で、相変わらず胸焼けがしそうなほど甘い。変わったのはきっと俺だけ。それを知っているのも、俺だけ。

ほしい。ほしくてほしくてたまらない。けれどまだ臆病な俺は、すっかり変わり果ててしまった俺を受け入れてくれるという確証を得るまではなにも伝えられない。

それでも優しいお前なら、きっと、そんな俺ですら笑って包み込んでくれるだろう。いつか必ず訪れるであろうその日を思い、静かに笑った。









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