数ヶ月だなんだと宣ってはいたが、気付けば二年ほど経過していたのでビビった。えっ…農業暮らし…楽しい…早寝早起き適度な運動…健康的な生活…素晴らしい…!とまあそんなこんなでキビキビ働きつつ、時間を見つけては階級上げつついつ来るかもわからん戦に備えていたわけだが。この生活あまりにもやりがいがありすぎてうっかりこのまま農家として一生を終えてもいいのでは?と思ってしまうほどだ。

「…あ?なんか騒がしくね?」
「おう…なんだ、家の前に人がたくさんいらあ」

今日も今日とて汗水流して働いた帰り道。日が落ちるまでの時間が長くなってきたなあもうすぐ夏だなあなんて父ちゃんと話しながら歩いていると、前方に見える我が家の周りを囲む人だかり。あれちょっと待って今世では視力が抜群にいい俺の目に狂いがなければあれはもしや…お、お侍さん方では…?どどどどどういうことだ母ちゃんってば何やらかしたんだ。

さすがの父ちゃんもお侍さんだと気付いたのか俺の方と家の方を交互に見て困惑していた。これはただ事じゃねえなと駆け足で家に向かう。近付くと玄関前で母ちゃんがお侍さんと話してるのがわかった。少し戸惑っているようだが武器を向けられてるわけでも威圧されてるわけでもない様子。やがて俺たちに気付いた母ちゃんは手を上げて招いてくれた。

「なに母ちゃん、どういうことよこれ」
「大丈夫か母さん!」
「ちょうどよかった…お侍さん方が食料を分けてほしいってね」
「食料…」

なるほど、農家である俺たちに交渉を求めてたってことか……ん?それってつまり

「近々、戦が?」
「うむ。これより先にある長篠の地にて、徳川と織田に戦を仕掛ける」
「ふぁ」

たっ、武田軍だーーーー!!!武田軍が来たぞーーーー!!!!真田兄弟いんの!?くのいち!くのいちは!?左近はどこだ!?うわ〜〜〜俄然テンション上がってきた〜〜〜!戦の結果?知らん。

そうかついに来たか長篠の戦い。ここ近場だったんだな。戦だと聞いて強ばる父ちゃんと母ちゃんの顔を見て少し冷静になった。被害がどれくらい及ぶかわかんねえけど、二人には少し避難しててもらってた方がいいかもしれない。ちら、と母ちゃんの方を見ると、意を決したように口を開いた。

「…そうと決まれば、なまえ」
「おう?」
「食料、倉庫にまだ余裕あったでしょ?少し運んであげて。おむすびも握ろうかしら」
「えっ、いや場所だけ教えて持ってってもらえばいいじゃん」
「怠けたこと言ってんじゃないよ!働きな!」
「もうすでに働いてきたんだけど!?」
「一日畑仕事しただけで疲れるような育て方した覚えはないよ!言うこと聞かないなら晩ごはん抜きだからね!」
「はああああ!?」

どこのおねね様だよふざけんなよ!てっきり「あんたも戦に参加してきな」とか言うのかと思ってビビったけども!なんて人使いの荒い鬼ばb嘘です何でもないですさーせんした。









(素直に従う俺の健気さよ…)

ぜえぜえ息を乱しながらお侍さんが持ってきてた荷車と倉庫とを何度も往復する。おかしい、からすの時の俺ならこれくらいの運動なんともねえのに…もしやオンオフ切り替えって服装だけじゃねえのか?身体能力とかも切り替わってんのかな。なんとシビアな。

俺たち以外の農家にも交渉していたようで、他の農家たちも食料を持ってきていた。お互い大変ですねえなんて視線をこっそり向けながら、ようやく最後の食料を荷車に乗せた。マジ疲れた。明日一日休んでやる。まあ80%の確率で母ちゃんに叩き出されるだろうけど。

「わっ!」
「!」

さあてさっさと家に帰るか、と振り返った瞬間腰辺りに衝撃が。やっべ子どもとぶつかっちまった。

「悪いな、大丈夫か…」
「弁丸!」
「お?」

尻餅をついていた男の子に手を差しのべようとしたら、それより先に後ろから走ってきた白髪の子に先を越されてしまった。弁丸と呼ばれたその子は白髪の子に抱き起こされ、すみませぬ兄上と言っ……………あ?待っ…いや落ち着け俺そんな簡単に次々と無双キャラと遭遇するわけないって大丈夫大丈夫どこにでもいる可愛らしい男の子兄弟だって。

ふう、と一度目を閉じて深呼吸をした。静かに目を開けて改めて二人を見つめる。

「弟が失礼いたしました」
「も、もうしわけございませぬ…」

言葉遣いこそしっかりしているがどこか舌足らずな黒髪の弟君と、そんな弟君の手を握りながら申し訳なさそうに俺を見上げる白髪の兄上君。長篠へ向かう武田軍に所属している、幼い兄弟…か…確実に真田兄弟じゃねえかこれただの幼少期ビジュアルじゃねえかマジかよもう主人公に会っちゃったよやべーよ…俺の方こそ申し訳ございませぬって感じだわほんとごめん幸村。

そうか弁丸ってのは子どもの時の名前か。なんだっけ、幼名だっけ。ゲームではもうみんな普通に大人ビジュアルだけど実際はまだ子どもだったりするんだもんな。高虎も原作より若かったし。

「いやいや、俺の方こそ悪かったな…あ、そうだ」

たしか持ってきた食料の中に…おうあったあった。

「ん。これやるよ」
「「!」」

荷車に乗せた食料から握り飯を取り出して差し出した。母ちゃんがうるせえから俺も握らされたんだけど味だけは確かだぞ。味付けは母ちゃんがしてくれてるからな。ただし形については触れるな大きさ重視なんだよ俺は。

きょとんとしている真田兄弟にほれ、と半ば押しつけるように手渡した。目をキラキラと輝かせている弁丸こと幸村(超絶カワイイ)に対し、困惑したように俺を見つめる兄上こと信之。ふっ、もうすでにこの頃から大人びてやがるな…しかし俺には通用せんぞおませな信之くんよ。

「弁丸くんだっけ。兄ちゃんと一緒に仲良く食べるんだぞ〜」
「はいっ!ありがとうございます!」
「し、しかし…」
「兄上、せっかくいただいたのですから、おれいをおつたえせねば!」
「……そう、だな…お兄さん、ありがとうございます。いただきます」
「ん。二人ともいい子だな〜よしよし〜」

もくもくと食べ始めた二人の頭をわしゃしゃしゃしゃ〜と撫でる。もうすぐ戦が始まるんだ。今の年齢で出陣することはないだろうけど、今後二人には長く苦しい戦いが待ってる。子どもの時くらい甘やかしてやんねーと。

やがてすっかり平らげた真田兄弟は満面の笑みを浮かべ走り去ってしまった。ぶんぶん手を振りながら何度もこちらを振り返っていた幸村が可愛すぎて4回は死んだね。いやあ良いことしたわほんと。

さて、家に帰る前にもう一つだけ。

「…よう、お嬢ちゃんは照れ屋さんなのかな?」
「えっ」

荷車の影…つまり反対側を覗くと茶髪の小柄な女の子。はいキターーーーーはいこれ確実にくのいちーーーーーはいどちゃくそに可愛い無理ーーーーー超可愛いむちゃくちゃ可愛い無理無理無理無理おにぎりあげちゃう俺が握ったやつ全部あげちゃう。嘘ごめん全部あげたらさすがに母ちゃんに怒られるから一つで我慢してくれその代わり一番大きいやつあげちゃうから。

「…あ、あたしにも…?」
「あ、形には触れんなよ?味は大丈夫だから安心して食え」

大きいくりっとした目をこちらに向け、俺の手にある握り飯を取ったくのいち。恐る恐る一口食べたかと思うと目を瞬かせて、もぐもぐとあっという間に完食した。よしよしと頭を撫でてやると嬉しそうに目を閉じていたので危うく拉致しかけたわ危ない危ない。可愛いは正義を通り越してもはや罪である。

「うまかったか?」
「うん!」
「(無理かわいい無理)そっか、よかった…じゃ、お前も暗くなる前に帰れよ」
「お兄ちゃんもね!ありがと!」
「おう。じゃあな」

俺が言い終わった瞬間シュバッと消えたくのいち。いやもう少し忍び要素隠せや俺が前情報ゼロの状態で遭遇してたらビビりすぎて叫んでたぞ。可愛いから許すけども。

あー、なんかあいつらの食いっぷり見てたら俺も腹減ってきたな。そうでなくとも畑仕事終わってすぐこっち向かわされたもんな鬼b…お母様に。早く帰って晩飯にありつかねば。




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