長政様は死んだ。城は落ちた。お市様は吉継と共に織田に降った。

あいつは。なまえは、無事だろうか。落ちた城を見て、主君を守れなかった俺を見てどう思うだろうか。落胆してほしい。怒ってほしい。責めてほしい。失望してほしい。いっそ突き放してもらえば俺はもう失うものなど何一つない、まっさらな状態で再起を図れるだろう。そんなどうしようもないことを考えているのは、優しいあいつがそれらをすることがないと分かっているからだ。

「無理だけはすんなよ」

お前ならそう言うだろうと分かっていたから。だからこうして会える確証もないのに、初めて出会った甘味処まで足を運んだ。本当は泣き言を漏らしたかったのかもしれない。やり場のない感情をこいつに吐き出してしまいたかったのかもしれない。けれどいざ顔を見ると、もうそれだけで安堵してしまって、思わず笑ってしまったのだ。いつの間にかそんなにもこいつの存在が大きくなっていたんだなと、今さら気付いたことに対する嘲笑だった。

なまえのそばにいるのが心地いいと感じたのはいつからだったか。他愛ない話で笑い合って、同じ飯を食べて、夢を語って。ふざけた言動が目立つし時折子ども扱いをしてくるようなやつだけど、いつだって俺の身を案じてくれていた。無理はするな。大丈夫か。いつもすごいな。そう言って少し心配そうに笑うなまえの顔が脳裏に過って、やはり俺はまだ死ねないと思ったのだ。

いつか俺と共に来てくれないか。そう言おうとした。だが今の俺にはそれを言えるほどの力も、こいつの旅を引き止める権利もまだないのだと思い知らされた。だから、今よりももっと功を成して、名を上げたらちゃんと伝えよう。“いつか”ではなく、その場で頷いてもらえるように。

「お前に死なれちゃ困る」

その言葉にも、頭を撫でてくれた手にも、きっと他意は無かったのだろう。分かっているのに何も言えなかった。なまえの顔を見ることが出来なかった。何もかもかなぐり捨てて、すがってしまいそうだったから。でもそれじゃ駄目だ。こいつが心配する必要もなくなるくらい強くなるんだ。そうすれば、いつか必ず来る泰平の世で、俺の隣で笑っていてくれるだろう。その時には、数えるくらいしか見たことのない満面の笑みを見せてくれるだろうと信じて。

「じゃあな。また会おうぜ、高虎」












「なんて顔をしてるんだ、高虎」

なまえが行ってしまってからどれくらい経っただろう。吉継から話しかけられるまで、自分が泣いていたことさえ気付かなかった。

「…会えたのか、例の“あいつ”には」
「ああ。やはりあいつはあいつのままだった」
「ふっ…その顔を見る限り、こっぴどく断られたようだが?」
「馬鹿を言え。勝負はまだ始まってすらいなかったんだ。今に見ていろ、今度こそちゃんとお前にも紹介してやる」

いつからか友以上の存在にまでなってしまっていた、俺の大切な人を。





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