忠犬な人狼と風魔小太郎


咥えていた書状をそのまま渡すと、頭領は低く笑っておれの頭を撫でてくれた。なまえは本当にいい子だなという言葉に、嬉しくなって体ごとすり寄る。くうくうと鼻をならして甘えるとまた笑われてしまった。血や火薬の匂いに紛れて微かに漂う、おれや他の忍犬たちにしか気付けないような頭領本人の匂いが好きだ。安心する。

「長い間ご苦労様…大変だったであろう?」

おれの体の砂埃を払いながらそう言った頭領。たしかに普段よりも時間はかかってしまったが、頭領のことを思えばちっとも苦ではなかった。生まれながらにして狼の姿と人の姿を持つことから化け物だなんだと人里からも獣たちからも追われたおれを救ってくれた頭領。おれに居場所をくれた。おれに生きる意味をくれた。この人が望むならおれは今すぐにだって死んでいい。おれが生きる理由も死ぬ理由もこの人だと即答できる。

だからいつだって労ってくれるのは嬉しいけれど、頭領は気にしなくていいんだよ!と見つめてみたけれど恐らく伝わっていないだろう。頭領は穏やかに笑うだけ。

「クク…何か言いたそうだな。今この場にいるのは我ら二人だけ…気にせず人の姿になればよかろう」

頭領の言葉に少しだけたじろぐ。おれは人前で人の姿になるのが嫌いだ。任務の時は仕方なく利用するけれど、人間なのか狼なのかどこか曖昧な姿に見えるそれを見て恐怖した人間に鉄砲で撃たれた嫌な記憶が甦る。何度も話しているのにそれでも頭領はおれに人間の姿になるよう求めてくる。おれがこの人の命令に逆らえないと知ってるからだ。

しばらくじっとしていたが、頭領は楽しそうに微笑むだけ。諦めて姿を変えた。

「…頭領はいじわるだ」
「うぬが可愛いゆえ、ついな」
「可愛くない!おれは知ってるんだぞ頭領、可愛いって言葉は雌に使う言葉なんだろう。おれは立派な雄だ!」
「ククク…」

低く唸ってみせてもどこ吹く風。狼の姿の時と変わらずわしゃわしゃと頭を撫でてくるから、悔しいやら気持ちいいやら嬉しいやら何がなんだかわからなくなってきた。

狼の姿の名残で頭上に生えている尖った耳を触られた。くすぐったい。それでも頭領の手におれを傷付ける意思はないから、そのまま静かに目を閉じた。気持ちいい。最近ずっと走りっぱなしだったから満足に眠れていなかったのだ。このまま眠ってしまいそう。

「そういえば、何を言いたかったのだ?」
「ん…えっ、と…」
「眠いのか…クク…」
「…おれは…頭領のためなら、なんでもする…から…労わなくてもいいんだよ…大丈夫、だよ…」
「………」

いつの間にか頭から頬に移動していた冷たい手。頭領の吐息をすぐそこに感じた。すっかり重たくなってしまった瞼をゆるりとあげると、やはり頭領の顔はすぐ目の前にあった。

「本当に、怖いほど、愚かで、無知で、純粋な、可愛い子」
「…とう、りょ…?」
「これからも我が手足となり、働いてくれるな?なまえ」

もちろん。

言葉がちゃんと出たのか、それが頭領に届いたのかはわからない。それでも気持ちは伝わったらしく、いい子だと一言告げたあと、頭領は静かに自分の唇とおれの唇を重ねた。