時渡りした妖狐と石田三成


この時代に来てから40年以上経っただろうか。俺が生まれ育った時代よりも昔の時代。所謂戦国時代というやつだ。いろんな時代を遊び半分で転々と渡ってきた俺ではあるが、ここまで一つの時代に長居したのは今回が初めてだろう。気まぐれにふらりと立ち寄ってはその時代の様子を見、調べ、楽しむ。そうして次の時代へ。今回もそんな感じで終わると思ったが、予想に反して未だ旅立てずにいる。それもこれも、この時代で知り合ったこの男のせいだろう。

「…なんだ、まだいたのか」
「つめたっ!ほんとお前って最後までそんなだよなハイハイわかりましたようるせーな言われなくてももうすぐ帰るわバーカバーカ!」
「馬鹿だと言う方が馬鹿なのだよ馬鹿」
「うざ!」

じゃあお前も馬鹿じゃねえかと言う言葉は空気を読んで飲み込んだ俺えらい。

くそ生意気な人の子、石田三成。幼少期は大きな耳と尾を持つ俺にびくびくしていたくせに立派にため口どころか暴言まで吐けるようになりやがって…成長したな…俺は嬉しいぞ…いや嘘やっぱ暴言はもう少し控えた方がいい。まあもう今さら直させたところで意味はないか。

長らく続いた俺の戦国時代漂流記(仮)も今日をもって終了だ。まだまだ若輩とはいえ妖孤である俺がそう易々と人間の前に現れるのもおかしいので、知り合いはこの三成だけになるのだが、こいつと共に過ごし眺めた戦国時代は俺の元いた時代で教わった歴史とそう変わることなく過ぎていった。多少の誤差はあれど史実通りの展開。話でしか聞いたことのない物語をリアルに体感できることがタイムスリップのいいとこだよなあ。

しかし、今回は失敗した。長居しすぎてしまった。この無愛想な男に情を抱いてしまうほどには。

「三成、俺ほんとにもう帰っちゃうぞ?大丈夫?最後に素直にお別れしなくて大丈夫?」
「しつこいな…再三元気でなと伝えたはずだが?」
「ちぇ〜つれなあーいなまえ様寂しい〜」
「黙れくねくねするな鬱陶しい」
「ヒエッ」

ドスの効いた声にわざとらしく飛び跳ねた。まあいい。これはこれで後腐れなくて済むか。

史実通りの展開。そうだ、何もかも俺の聞いた歴史のまま進む。だから三成は、明日、関ヶ原の戦いに敗れ、そして、死ぬ。

「ったくこのツンデレめ…まあいいや。お前も元気でな、三成」

俺にお前の死を見届ける勇気はない。歴史を改変させる力もない。俺は、無力なのだ。

「……なまえ」

ごめんな三成、と心で一人呟いた瞬間呼ばれた自分の名前。ひどく柔らかく感じたその声色になぜか泣きそうになった。いや、俺はもうずっと泣きそうだった。無理矢理テンションを上げてないと、耐えきれなかった。お前は今こうして俺の前にいるのに、俺の名を呼ぶのに、珍しく優しく微笑んでいるのに、明日には、もう

「ありがとう。お前に出会えてよかった」

ああ、なのにどうしてお前は、何もかもを悟ったように笑うんだ。

「…俺もだよ、佐吉」

最後の最後にデレやがって。ちくしょう。俺はきっともう死ぬまでお前を忘れることができないだろう。