無口な狛犬と前田利家


しとしとと降りだした雨。どんよりとした灰色の空を見つめながら小さくため息を吐いた。今はもう古びれてしまった神社ではあるが、それでも俺はここからは離れられない。道行く獣や空を舞う鳥や虫たちが俺の大切な情報源。だから俺はここから動かずとも世の動きを知ることができる。先ほど低く飛んでいた鴬の話によると、彼は今この近くをうろついているらしい。そしてこの天気。傘も身寄りもない彼はきっとここに来るだろう。

来ればいい。来なければいい。矛盾した気持ちを抱えたまま、体を石の狛犬から生身の人間に化かし定位置である台座を飛び降りた。

「…おう、久しぶりだな」

ぱしゃぱしゃという音と共に男は現れた。もう一度ため息を吐き、神社の中へ招き入れる。人がいなくなったため外観こそ寂れてはいるが、こまめに掃除をしているから中は広く綺麗なままだ。干してあった布を男に向けて乱暴に投げると、苦笑いしながら濡れた体を拭いていた。

「…ありがとよ、なまえ」
「……聞いたぞ、追放されたんだってな」
「!」

ぼそりと呟くと、心底驚いたような顔をして、また苦く笑った。

十数年前、利家とこの神社で出会った。犬千代と呼ばれていた幼き頃迷子になったところを匿ってやったのがきっかけで、時折ここにやって来ては俺と関わろうとするおかしな人間だ。今くらいの年齢で出会っていればきっと夢幻や化け物だと恐れられその後関わることは無かったろうに幼く純粋な童には通じなかったらしく、今もこうして交流が続いている。数年前に織田家に仕官して以降減りはしたものの、それでも時間を見つけては会いに来てくれた利家。真っ直ぐで純粋で人懐こくて、口数の少ない、それどころかあやかしの類いでもある俺に対しても普通に接してくれるこいつは、人間にしては良いやつだと、そう思う。

では、そんな男がなぜ追放されてしまったのか。

「はは、さすがだな、もう知ってたのかよ」
「………」
「…どこまで知ってンのか知らねえけど、俺が悪ィ。やっちまったもんは仕方ねえし、お前に慰めてもらおうと思ったわけでもねえ」

だから、雨宿りだけさせてくれ。乾いた笑い声が耳につく。小雨だったそれはやがて大粒に変わっていき、大きく音を立てて神社の屋根を打った。利家はなにも話さない。隣に座る俺も同じようにただ黙って雨音を聞いていた。

どれくらい経っただろうか。不意に、体の右側に重みを感じた。じんわり広がる温もりは利家のものだ。獣の話によるとずっと休まず歩いていたらしい。疲れはてて眠ってしまったのだろう。

「………」

俺が悪いと、お前はそう言ったけれど。その罪を犯してしまった理由はあの女なのだろう?

「……馬鹿野郎め」

雨はまだまだ止みそうにない。掠れた声と痛む胸には気付かないふりをして、同様に目を閉じた。