短編 | ナノ
鋭いようで、意外と鈍いらしい。堪えきれなかった笑みを溢すと、なんだそれはとばかりに不機嫌な顔をされた。

「…なに、今もしかして笑った?」
「気付かれたか」
「忍びなめないでよね」
「そういや忍びだったなお前」

忍んでなさすぎて忘れてた。言いながらまた溢れた笑み。どんどん眉間に皺が寄っていく。あぁあぁ、可愛い顔が台無しだ。

「ほんっとなまえの旦那ってムカつく〜。なに考えてるのか全然わかんにゃいし」
「人の心を読めるやつなんかいるもんか。俺だってお前の心なんて読めない」
「あったりまえじゃん。感情を悟らせないのも忍びの技でござるよ?にんにん」

お決まりの忍びの印を作りにやにやと笑う、忍びの女の子。ここ最近よく俺に絡んでくるのだが、それ以前にも何度か面識はあった。それはどこかの戦場でだったり城下町でだったりまあ様々だ。しかしこうしてわざわざ俺のもとまでやって来るようになったのは本当に最近の話。

いつだったか、どこだったかはもう覚えていない。俺が溢した一言に、彼女はえらく執着している。

「……で!どうなんですかその後進展は?」
「進展もなにも…戦が終わってから会えちゃいねえよ」
「ふうーん…旦那って見かけによらず奥手だったりするのかにゃ?」
「ご想像に任せるさ。それになあお前、お前やあの子みたいな若い女の子に手ェ出すほど若くもないんだよ俺」
「やっだなまえさんったらあたしにまで手を出すつもりだったの…!?」
「近い年頃だったから付け足しただけだ馬鹿」

あの子、というのは彼女の友達である甲斐姫という可愛らしい女の子。何の気なしに呟いた、付き合うならああいう子、というのにしつこく突っ掛かってくるのだ。もちろんその言葉はただの願望であって本心ではない。

最初こそ、そういう話が好きな年頃なんだろうとか、友達が狙われていると勘違いして監視しているのかとか、いろいろ思い付くことはあったがどうも違うらしい。

「まあでも、自覚があるなら安心だにゃ〜。諦めちゃいなよ旦那」
「それはお前に言われて決めることじゃねえっつの」
「…それは、じゃあ、本気だって捉えていいわけ?」
「それもお前の想像に任せるよ。ほれ、もう行った行った」

追い返すように手をひらひらとさせると、文字通り頬を膨らせて怒った顔。忍びの技とやらはどうしたおい。

「なに拗ねてんだ、子どもか」
「子どもじゃないもん」
(返し方がもう拗ねた子どもじゃねえか)
「…なんで甲斐ちんみたいながっつがつの肉食系が好みなの?やっぱり旦那変わってるよ」
「そうだな、まず俺にもだけど甲斐姫ちゃんにも今すぐ謝りに行け」
「…本当に本気?本当に?本当の本当の本当の本当に?」
「はあ…あのなあ、それを聞いてお前はどうするんだ?本気だって言えばはいそうですかって頷いて納得するのか?」
「…………」
「友達思いなのはいいことだけどな、俺を巻き込むな。ありゃ冗談というか…ものの例えだ。お前だってもう気付いてんだろ?」

ついに顔を俯かせてしょんぼりとしてしまった。少し言い過ぎただろうか。これでも落ち着かせるような声を心掛けたつもりなのだが。

「……気付いてたよそんなの」
「…………」
「でもちゃんと旦那の口から聞きたかったの。冗談だって。本気じゃないって」
「変なやつだな…そのために何度も何度も会いに来てたのか?」

呆れたような疑問系。まるでなにも知らないように装う。悪い大人だなとつくづく思い知らされた。おっさんをなめんなよ、忍びと言えどまだまだお子ちゃまなお前の考えなんて本当は全部知ってるんだ。

「……旦那ってやっぱりムカつく!全然わかってない!」
「どわっ!」
「もう知らないから!旦那がそんなんならあたし本気出すからね!」

突然突き飛ばされたせいで、座っていた椅子から転げ落ちた。慌てて起き上がるも、彼女の姿はもうそこにはない。そういうところを見るかぎりやはり忍びなんだなあと感嘆した。

もう一度言うが、本当は全部知ってたんだ。応援でも茶化しでも邪魔でも監視でもなんでもなく、ただ彼女は俺に好意を寄せていたがために無駄に突っかかってきていたことくらい。今日まではまだ根拠のない一説にすぎなかったが、これでついに真実になってしまった。

反して、彼女はというと、何も知らないんだ。

「覚悟しててね、ぜっっっったい夢中にさせてあげるから!」
「……せいぜい頑張れよ」
「そんなこと言ってられるのも今のうちだから!」

声だけが彼女の存在を知らせてくれている。それはとても弾んでいて、先程まで落ち込んでいたものとは思えないくらいに楽しそうだった。

「じゃあねー、にゃはははっ!」

今ではその笑い声を聞いただけで頬が緩むというのに。お前は本当に何も知らないんだな。そんなところが可愛くて愛しいよ、くのいち。


140105