短編 | ナノ
「待ちやがれなまえ!」
「なぜ俺が待たなきゃならない。お前がもっと走ればいい話だろう利家」
「お前が俺の馬かっさらったからだろうが!」
「人聞きの悪いことを…昂りすぎて馬を飛び降りたお前が悪い。この子が可哀想だから乗ってやってるだけだが」
「たか…仕方ねえだろ戦ってなぁそういうモンだ!」
「お前だけだ」
「ンだと!?」

勝家は二人の様子を見てため息を吐いた。文字通り熱血漢で単純な利家。文字通り冷静沈着で頭脳派ななまえ。どちらも自分にとってはかけがえのない愛する息子のような存在である。

だがしかしこの二人、お互いの性格が災いしてかいつもこのようにして喧嘩が絶えない。姑息なやり方が気に入らない利家が意見をすればたちまちその意見を根っこから覆し黙らせるなまえ。考えなしに突っ走っていく無謀さになまえが苦言を漏らせばこれ見よがしに数多の敵を薙ぎ倒して黙らせる利家。

勝家だけではない。もはや日常茶飯事と化しているそれを前にして苦笑いやため息を隠さない者も増えてきた。まあ勝てばいいか、勝てば、というのが皆の本音である。

「だいたいお前はいつも無謀すぎる。少しは俺の爪の垢を煎じて飲んでほしいものだ」
「自分で言ってンじゃねえよ馬鹿か!お前こそ少しは俺や叔父貴の熱さを見習いやがれ!」
「勝家殿とお前を一緒にするな。お前は暑苦しいだけだろうが」
「てっめぇ…ああ言えばこう言いやがって…!」

今にも食って掛からんとする利家はまさに犬。対するなまえは大して気にもせず飄々としている猫とでも例えようか。それでも今まで本気の殴り合いだの憎み合いだのがなかったのが不思議である。理由は簡単。心の底ではきちんとお互い仲間だという意識はあるからだ。ただそれを互いに気付かせようとしないだけで。

小さい頃からこんな風に対立してきたので、今さら肩を組んだり笑い合ったりと馴れ馴れしいことは照れが邪魔をして素直に出来ないのが利家の本音だが、なまえは違う。

「毎日毎日憎たらしさだけ増していきやがって…あ、」
「勝家殿はお前と違って冷静さも兼ね備えているんだ。それをお前みたいな単純な男と」
「危ねえ!なまえ!」
「は…っ!?」

急な落石。もちろん自然のものではなく敵軍の策略だ。間一髪で手綱を引いたお陰で直撃は免れたものの、仰け反りすぎた馬が体勢を崩した。このままでは後ろに倒れ、そのまま馬の下敷きになってしまう。しまった、と口を開いたその時手綱を持っていた腕ごと力任せに引きずり下ろされた。馬は倒れてしまったが、自力で体を起こせるくらいにはまだ大丈夫そうである。それよりもなまえが驚いたのは、

「っぶねえなあ…大丈夫だったか?」
「………」
「…おい、なまえ?」

気付けば少しでも顔を寄せれば触れてしまうほど近くに利家の顔があったからである。我に帰ったなまえは力を振り絞り利家の腕から逃れようとした。

「っ、大丈夫だから下ろせ熱血単細胞!」
「はあ!?それが助けてくれた奴に言うことかよ!」
「いいから離せ!移る!」
「何がだよ!お前なあ、素直にありがとうも言えねえのか?」
「言う、言うから、は、早く下ろせ」
「ちゃんと言うまで下ろさねえ」
「…………………ありがとう」
「目ェ見て言わねえか普通」
「ふざけるな今すぐ下ろせ!」
「下ろしてやるから俺の目見てありがとうって言え」
「…っ、勝家殿!」
「叔父貴に逃げンな馬鹿」

顔を真っ赤にしてじたばたと利家の腕のなかで暴れるなまえは決して彼のことを嫌っているわけではない。馬鹿みたいに真っ直ぐで、すぐに熱くなって、単純で素直で騙されやすくて、仁義だのなんだのいちいち男臭くて。

本当はそんな利家が大好きで、しかし幼い頃から態度を表に出すことを苦手とするなまえはこうして冷たく当たることでしか接する術を持たないのである。

「お前は…っ…そんなんだから嫌いなんだ!」
「他に言うことねえのかよ悪口ばっかり言いやがって!」

もちろんそんななまえの気持ちなど、あの利家が知る由もない。すべてを知っている勝家はまた一人ため息を吐いた。


140103