短編 | ナノ
「あっ、おはようなまえくん!」
「おはよう桃井今日も変わらず可愛いな結婚してくれ」
「あははっ、もうなまえくんってば〜…私はテツくん一筋だもん!ごめんね?」
「そうかしかし大丈夫だ。もうすぐなまえくん一筋だもん!と言わせてやるから安心しろ愛してるぞ桃井」

今日も目の前で交わされる成り立っているのか成り立っていないのかわからない会話。毎日毎日飽きねえなとげんなりしている間にさつきはじゃあまた部活でねーなんて言いながらさっさと行っちまった。どうやらテツを見つけたらしい。

なまえっつーのは俺らと同期で最近一軍に昇格した奴。入学当初さつきに一目惚れしたらしい。バスケのバの字も知らなかったそいつが死ぬ気で一軍まで這い上がってきたのはさつきに関わりたいからだというこの上ない不純な動機。まあ今はバスケの楽しさもわかってきた(本人談)らしいが、そんななまえを赤司が面白がったのが一軍入りの決定打だった。

「お前よく諦めねえよな。普通あんだけ言われりゃ失恋の一つや二つするもんなんじゃねえの?」
「なんだ居たのか死ね青峰」
「態度豹変しすぎなんだよテメエ!」

さつき相手だと飛んでっちまいそうなくらい浮かれた顔して接するくせに俺が相手だと途端に辛辣モードに入るなまえ。この態度は一軍入りしてきた最近の話ではない。入学して早々俺がさつきの幼馴染みだと知ったなまえに呼び出されたのがすべての始まりだった。お前みたいなガングロが桃井さんと幼馴染みだなんて嘘だあり得ない羨ましい死ねって一息で言われた俺の気持ちを想像してみてほしい。そしてこいつをぶん殴らなかった俺を褒めてほしい。

「だいたい未だに俺を標的にしてるのがそもそもの間違いだっつーんだよ!さつきも言ってただろうが、テツが好きだって」
「黒子は俺にもなついてくれてるし可愛いから眼中にない」
「なんだよそれ」
「それに黒子相手なら俺にもまだチャンスはあるはず」
「テツに失礼すぎんだろ」
「俺も黒子も桃井と出会い関わった期間はほぼ同じだから平等なスタートだしな」
「さつきの好感度からして既にテツの方が有利じゃねえか」
「それに対してお前はなんだ幼少の頃より桃井と接点があり幼馴染みとしての地位を易々と確保しやがってやっぱり死ね青峰」
「誰が死ぬかボケ」

最近それ口癖になってきてんぞこいつ。口悪すぎんだろ。バスケ始めた動機も不純すぎるしよ。まあそれで強くなって楽しさも見つけられたってんなら俺がとやかく言うことはねえけどよ。しかもこんな性悪野郎なのに変に友達多いしモテるしよ。それもそのはずだ、俺にだけだもんなこんなに口悪いの。普通にしてりゃいい奴だし面白い奴だしな。

さつきが関わってなけりゃ俺とだってもう少し友好な関係を築けたはずなんだけどな。

「それに」
「あ?」
「お前にその気がなくても、桃井がお前のことを見てしまうもしれない。俺はそれを一番危惧している」
「きぐ?なんだそりゃ」
「死ねアホ峰」
「ああ!?」
「お前はバスケが上手いし、いい奴だし、男の俺から見てもかっこいい奴だと思う」
「!」
「だから一番敵視してしまうんだと思う。そういうことだから死ね青峰」

なまえに褒められた。いつもの悪口の延長でも嫌味でもない。その証拠に、真っ直ぐ俺のことを見ながら言ってくれた。最後はやはり恒例の言葉で締め括られてしまったが、なんだかおかしい。そわそわする。

同時に鳴ったチャイムを聞いて、なまえはもうそんな時間かと呟いた。次いでじゃあなと教室へ向かおうとしたそいつの腕を反射的に掴んだ。

「……なんだ」
「あー……お前さ、いつも敵だの死ねだの言うけどさ、」

そういえばまだ直接的に“嫌い”という言葉を使われたことはなかった。

「やっぱ…俺のこと嫌いなのかよ」
「は?どうしてそうなる」
「え」
「嫌いだったらこんなに毎日馴れ馴れしく喋るわけないだろ」

お前は恋敵ではあるが友達としては好きだ。

淡々とそう言うなまえは、やっぱり真っ直ぐこちらを見つめていた。

「……そう、か」
「なんだ、変なやつだな…もう行くぞ。また部活でな」

今度こそ行ってしまったなまえ。そうか、あいつは友達だと思ってくれてたのか。それを聞いて嬉しいと思ってしまうくらいには、心臓がうるさくなるくらいには、俺もあいつのことが好きだったらしい。

今後は接し方を改めてみようか。あいつからの“好きだ”を何度も思い出してはついにやけてしまう自分が不思議で仕方なかった。



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