短編 | ナノ
第一印象は、なんというかこう、目が綺麗な人だなあと思った。次いで、ちょいちょい入ってくる毒舌なところが気になるようになって、今となっては毒人間だということにも慣れてきている。根はいい人だと思うし、嫌いじゃない。でもそれだけだ。親友と呼べるほどの仲でもなければ、ただの顔見知りと呼ぶほど浅い仲でもない。言うなれば、会えば話す友達。その程度の関係だ。それも彼の本職である占いや料理関係の話ではなく、本当に些細な会話。久しぶりだなとか今日はいい天気だなとか、そんな当たり障りない会話。

なぜこの度そんな彼の話を持ち出したかというと、最近おかしいからだ。もちろん俺のことじゃない。

先程も述べた通り、俺たちは普通の友達だ。親友と呼ぶにはまだそんなに深い仲ではない程度の、普通の友達。頻繁に会うこともなければ、よく二人一緒に遊びに行く訳でもない。それくらいの距離感だったはずなのに、最近妙におかしいのだ。月に会うか会わないかだったのに、週に三回は会うようになった。それも彼の方からよく俺のところへ顔を出すようになったのである。それだけならなにも思わなかっただろうに、彼はスキンシップが多くなった。彼は自身の体質を気にして触られることを恐れていたくせに、自ら接触してくるようになったのだ。なんだかおかしい。

別に気味が悪いとか怪しいとか、そういう感情はなかった。むしろどちらかといえば少し嬉しいのだ。友好的に接してきてくれて嬉しくないことはない。なによりココは友達だ。忙しいだろうにわざわざ親交を深めてくれようとしているのを拒否するほどひねくれてはいない。だから俺は素直に受け入れた。

ではなぜおかしいと感じるようになったのか。

俺の性格はいたって普通だ。根暗でもないし熱血ってわけでもない。ただ少しばかり世渡り上手というか、人付き合いは上手い方だと思う。ココはかの有名な四天王の一人だから例外だが、大概の人となら少し付き合えばすぐ打ち解けられるほどのコミュ力はあった。だから地元では顔が広い方だったし、友達も多かった。

だが今はどうだろう。誰一人として俺のもとへ歩み寄ろうとしなくなった。近所のおばさんも。幼馴染みも。よく通う本屋の店員さんも。最近付き合い始めたばかりの恋人でさえも。みんなみんな、俺の顔を見るとたちまち逃げ出すようになった。

ココが俺に頻繁に会いに来るようになってから、俺は文字通り一人ぼっちになってしまったのだ。



「……なあ、ココ」
「ん、なあに?どうかしたかい?」
「…その、いつも会いに来てくれるのは嬉しいんだけど」
「……本当にそう思ってる?」
「えっ、」
「とても嬉しそうに見えないよ、今の君の顔」
「…それは……」

鏡を見るのが怖くなった。そこに映る自分が日に日にやつれていくのが分かるから。家から出るのが怖くなった。みんなの恐ろしいものを見る眼差しが刺さるように痛いから。

ココが俺のところへよく来るようになった時期とみんなが俺を避けるようになった時期は奇しくも同じ頃だった。だがココを疑うには理由や根拠が無さすぎる。ただ俺との仲を深めようとしてくれているだけだ。だからこの摩訶不思議な現象と繋ぎ合わせるのは無理がある。俺と仲良くなることと俺から人を遠ざけることになんの関係性もないからだ。なら、なぜ?なぜ俺は一人になった?そうではないとわかっていても、どうしてもココにそういう目を向けてしまう。

「…俺、怖いんだ」
「え?」
「みんな、みんな俺を避けるんだ。まるで怖いものでも見たかのような顔をして逃げていくんだ…ココ、お前がここに来るようになってから、ずっと」
「……なまえは、それが僕のせいだと思ってるのかい?」
「ちっ、違う!違うし、そうじゃないってわかってる!けど、けどさあ…!」
「…どうやら、精神的に参ってるようだね」
「っ、」

ふわりと香ったのは、ここ最近ずっと飲んでいたココお手製の紅茶の香り。優しく、それでいて力強く顔を抱き込まれたせいでなにも見えない。ココの逞しい胸板に押し付けられる。どくどくと聞こえる心音に少しだけ気持ちが落ち着いて、けれど同時にひどく泣きたくなった。

「自分でこんなことを言うのもなんだけど、僕は有名人だ。恐らく君の周りの人たちは、急に僕と親しくなりだした君を羨んでいるんだと思う」
「…俺は、そんなつもりじゃ…っ…」
「わかってる。わかってるよ…これは僕のわがままだ。君ともっと親しくなりたかった僕の、ね。だから君はなにも悪くない。大丈夫」

穏やかな声が、優しい言葉が、俺を包んでくれる。

「僕は、僕だけは君の味方だから」

だから泣かないでなまえ。君の泣き顔は見たくない。そう言うココの言葉とは裏腹に涙は次々と溢れ出た。見えないが恐らくココの服にもシミを作ってしまっているだろう。けれど悲しみの涙じゃない。これは嬉し涙だ。まだ俺は一人じゃない。近くにこんなにも心強い味方が、仲間がいるじゃないか。

「ひっ、ぐ…ごめ、ココ、俺…!」
「…謝るのは僕の方だ。ずっとそんな仕打ちを受けて辛かったろう?気付けなくて、本当にすまない」

違う。違う。ココだってなにも悪くない。出てこない言葉の代わりに首を振って知らせると、俺の頬に両手が添えられ、そのまま顔を上に向かされた。滲んだ視界にぼんやりと映るココの顔はよく見えない。

「今日から僕の家においで。そこなら君を蝕むものは何もない。前みたいに、笑って暮らせる」

断る理由なんてなかった。もうココはただの友達じゃない。この短い期間で、親友、仲間…そう呼べるほどの仲になった。もう怖いものはない。俺は喜んでその提案を受け入れた。ココがいいのなら、と。

そうして俺はココの家に住まうことになった。新しい家、新しい環境、新しい町。慣れるのはすぐのことだったが、いつものように友達が出来ることはなかった。トラウマになってしまったのかもしれない。仲良くなっても、また急に裏切られたら?またあの目で見られたら?そう思うと、もう人が怖くて仕方なかった。俺にはもうココがいればそれでいい。ココは、ココだけは俺を否定しない。受け入れてくれる。

きっとこんな単純な俺だったから、ココの裏の顔にも策略にも、ずっと彼の手の上で転がされていることにも気付かなかったんだろう。










(みてるだけでよかったのに)
(おんななんてつくったきみがわるい)



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