短編 | ナノ
「…なまえ……?」

朝、いつものように寝坊助である可愛い恋人のもとへ足を運んだ。合鍵を使って静かに部屋に入ったが、その瞬間すぐに感じた違和感。いつもなら綺麗に揃えられているはずのあいつの靴がない。スンスンと鼻を動かしてもあいつのニオイがしない。おかしい。こんなこと、今まで一度だってなかったのに。

「なまえ!」

靴を履いたままなのにも気付かないで、慌てて部屋へ駆け込んだ。けれどそこはすっかりもぬけの殻。昨日までは毎日眺めていたはずの寝顔を晒したなまえの姿が、ない。

今日はあいつは昼前まで授業が入ってなかったはずだ。なのにこんな朝っぱらから出掛けるなんておかしい。ベッドでゴロゴロするのが大好きなことはよく知ってる。だから授業が始まるのが遅い日はギリギリまでぐっすり眠って、なのに、

(…あ、そういえば)

最近どこか様子がおかしかった気がする。家にいる時も授業中も、飯食ってる時も風呂入ってる時も寝る時もどことなくしんどそうな顔してた。疲れてんのかなァと思って電話もメールもしたけど返事がなかった。よっぽど疲れてたのか、あるいは何かあったのか。くそ、なんでこんかに近くにいたのに気付かなかったんだ。こんなんじゃあいつの恋人失格じゃねえか。とにかく今は探しだして、話を聞いてやらねえと。すぐさまGPSで位置情報を確認すると、それほど遠くへは行っていないようで安心した。つーかこれすぐそこじゃねえか。散歩にでも行ってたのか?

ピシャリと閉められていたカーテンを開けて外を見ると、道端に複数の男に囲まれていたなまえの姿があった。途端に安心したはずの頭がガッと熱くなって、息が詰まって、体がわなわなと震えたのがわかった。なんだ、あれ。なまえに何する気だ。ああ、困った顔してる。絡まれてるんだ。よく見りゃほとんどおっさんじゃねえかあいつら。信じらんねえ。ぶっ殺してやる。




「なまえ!!」
「!」

すぐに部屋を飛び出して、階段を駆け降りて、なまえを庇うように輪の中心に入った。朝っぱらからこんなところで何しようとしてやがったんだ。不安だったろ、怖かったろ、なまえ。けどもう大丈夫だぜ、俺が絶対守ってやっから。

「なんなんだヨてめーら、よってたかって…こいつになんか用かコラァ」
「っ、その、声…」
「ナァニ?大丈夫だよなまえ、俺が助けてやっから心配すんな」

安心させるよう振り向いて笑いかけてやった。あれ、なのに、さっきよりも青ざめて、

「この人です!!」
「へ」

俺を指差してそう叫んだなまえ。なにが、と問う前にガチャリという金属音が。

「……は?」

なまえを囲んでいたはずのおっさん共はいつの間にかなまえではなく俺を取り囲んでいて、ぶつぶつと訳の分からねえ言葉を連ねて、え、なんだ、なんだこれ。意味わかんねえ。なんで俺が、逮捕、はあ?なんで?俺はいま、なまえを助けにきただけだ。俺じゃなくてお前らが悪いことしようとしてたんじゃねえか。なのになんで、ああ、おい、ふざけんな、誰の許可得てなまえの肩抱いてんの?逃げろなまえ、こいつらお前のこと油断させて、酷いことするつもりだ。俺はどうとでも出来るから、お前だけでも。

「気安く呼ぶな!」

愛しい愛しい名前を呟いて伸ばした手が、怖い顔と声と共に叩き落とされた。なんでだよ、なんでそんな怖い顔して、俺を睨むんだよ。なんで。俺たち、恋人同士なのに。だから助けに

「俺は、あんたなんか知らない…!」

あれェ?



160713