短編 | ナノ
「あっはっはっはっはっはっは〜!」

耳元で笑うな鬱陶しい。いつもより何倍も浮かれた声なので余計そう感じる。時間も時間なのだからもう少し抑える努力を…なんてこんな酔っぱらいに言っても話にならないだろう。眉間に皺が寄っていくのに気付かないふりをして城の廊下を歩いた。

長らく続いていた戦がようやっと終結した。兵士たちの疲労を労うという名目で行われた宴会。酒は苦手な方なのであまり参加しないくせに、ふらりと立ち寄ったのが失敗だった。すっかり酔いつぶれた馬鹿…じゃなかった、馬岱を押し付けられたのだ。本来なら酒で暴走する馬超の面倒見役のはずだろうに、なぜこいつが先に潰れてしまったのか。問うたところでちゃんとした答えなど返ってこないだろう。

「あー、んー、飲みすぎたよぉなまえー」
「わかってる喋るな酒臭い」
「ひっどぉ。冷たいよぉなまえ、もっと構ってよぉ」
「ぐずぐず言うな酔っぱらいめ。もうすぐ部屋つくから我慢しろ。そしてさっさと寝ろ」

語気を強めてそう言うと、あれだけ騒がしかった耳元の声が止んだ。おいおいやめてくれよこんなとこで寝るなよただでさえ重いのに!自分の足で歩く努力をしろ!

「お前、ここで寝たら置いてくからな!おい!聞いてんのか馬…」
「ねえなまえ」
「っ…んだよ、起きてんじゃねえか」
「ねえ、ねえ、」
「なんだよ」
「こっち、向いて」
「はあ?なに、」

言われた通り馬岱の方へ顔を向けたのが失敗だったのか。そのままちゅっという小さな音と、唇に生暖かい感触。

「……は…お前、!」
「なまえ…」
「待っ、やめろ馬鹿…んんっ!」

驚いて突き飛ばそうとした手を掴まれた。酔っぱらいとは思えないくらいのすごい力で無理矢理向い合わせにさせられて、また啄まれる。なに悪酔いしてんだこいつくすぐったい!

「おま、んっ、ちょ、ふ、う、」
「はあ…なまえ、なまえ」
「やめ…しつこいこの馬鹿!!」
「いだっ」

馬岱の額めがけて頭突きをかますとようやく離れた互いの顔。ありえない。なんだよ今の。顔熱い。どうする、どうすればいい。一発ぶん殴って気絶させるか。なかったことにして置いて逃げるか。大声出して人を呼ぶか。ああでもないこうでもないと混乱しているうちに、また馬岱の顔が近付いてきた。懲りないなこいつも。

ていうか、なんで男相手に接吻しやがったんだこの野郎。酔ってたにしては名前めちゃくちゃ呼んできたし俺だってこと理解してる上でしてきたよな?なに?お前そっち系だったの?

「いーったい、よぉ、なまえ…」
「知るか正当防衛だ!悪酔いし過ぎだろお前!近い離れろ!」
「だって足りないんだ。全然、足りない、なまえ、足りない、」
「とりあえずもう寝ろ!正気になれ俺男だぞ目を覚ませ!」
「……酔ってなかったらいいの?」
「は?」
「酔ってなかったらいいの?正気ならいいの?なら受け入れてよ、俺は至って正常だよ?」
「お前…酔ってたんじゃ…」
「油断させるために演技してただけに決まってるでしょ」
「……騙しやがったな」
「騙される方が悪い」
「ああん?」
「ってことで、ちゃんと受け入れてよ、なまえ」

すっかり騙されていたことに怒りを感じていると、不意に低くなった馬岱の声。顔もさっきみたいにとろんとした顔ではなくいかにも真剣ですって表情を浮かべている。なんだよもうそんなころころ顔変えんなよ調子狂うだろ。

「受け入れろって、そんな急に、なあ…」
「えっ、もしかしてずっと気付いてなかったわけ?俺の気持ちに」
「当たり前だろ!だからこんなに焦ってんだよ!」
「そっかあ…まあ馬鹿でちょっと抜けてて鈍感ですっとこどっこいななまえのことだし仕方ないか」
「なんだすっとこどっこいって!!」
「じゃあはっきり言うよ。俺、なまえのこと大好きだよ!大好きどころか愛してるんだけどね!それはもう城どころか国中の誰の目にも触れさせたくないし話もさせたくないくらい大好き!もう俺なまえのことしか見えなくなっちゃったよ。責任とって、俺だけのものになってくれない?」
「ごめん待ってもう少し分かりやすく話してくれると助かる」
「監禁させて!」
「そんな笑顔で言っても無理だから!」

大変だこいつ完全にあいたたなことになってる助けて諸葛亮殿!にっこり笑いながら俺の手をぎゅっと握る馬岱に口がひきつる。まさかの告白よりもこの場をどう乗りきるかで頭がいっぱいだ。握られている手を軽く引いてみても離してくれる気配は微塵にも感じられない。おそらく返事をするまで逃がしてはくれないだろう。

どうしたものか。俺自身同性同士で、なんて考えたこともないし、女の子の方が好きだし、なにより馬岱のことは仲間としか認識してなかったし…そこまで無言で考えていると、いつのまにか馬岱の顔がまた真面目なものになっていた。

「俺、本気だよ?」
「……分かりたくないけど、分かってるよ。だから困ってるんだ」
「君が一つ返事で首を縦に振ってくれるためなら、俺きっとなんでもしちゃうよ?」
「そうだな、お前なら本当になんでもしそうだ」
「茶化さないで」
「っ!」

低い低い声が響いた。瞬間握られていた手をぐっと引かれて、さらに距離が縮まる。なんとか逸らさずに交えていた視線も外してしまった。堪えられない。なんて目で見てくるんだ。

「欲しいよ。なまえのすべてが欲しい」
「…………」
「もう他になんにもいらない。なまえさえいればそれでいい。なまえの存在だけが、俺の心を満たしてくれるんだ」
「…そんなこと、ねえよ。俺以外にも仲間はいるだろ。それに馬超だって」
「違うよ!そんなんじゃなくて、もう…なんでわかってくれないの!?」
「俺にはわかんねえよ!だって今まで男に対してそんなこと思ったことねえし、お前のことは仲間だとしか思えない!」

つい大声を出してしまった。馬岱の顔も強ばる。

「だから、悪いけど…お前の気持ちには」
「わかった!!」
「えっ、」
「じゃあさ、こうしよう!俺、いつか絶対なまえのこと落としてみせるよぉ!」
「落とすとか言うなあと声大きいんだよお前!」
「なまえが俺のこと見てくれるまで諦めない!うん!そうする!」
「……ほんと、前向きだよな、馬岱…」
「だから、この先俺が何しても、ぜーんぶ求愛行動ってことで反抗しないでね?」
「はあ!?おま…あのなあ、理不尽って言葉知ってるか…!?」
「そういうことだから、今日は…というか、今日から一緒に寝よっか!なまえ」
「頼むから俺の話を聞いてくれ!」
「耐える努力はするけど、もし手を出しちゃっても許してね?ほら、俺が君のこと愛してるって証拠だからさぁ!むしろ何もしない自信がないんだけどね!」

酔ったふりをしていた時のようにいつもよりも陽気に笑う馬岱に言葉が出ない。今更ながら俺、とんでもない奴に好意を持たれてしまったみたいだ。

頭を抱えてうずくまりたくなったその時、違うところへ飛んでいた意識を呼び戻すかのようにまた接吻をされた。

「すぐに俺と同じ気持ちにしてあげる。これからもずっと一緒にいようね、なまえ」

ああもう勘弁してくれ!


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