短編 | ナノ
「……嫌だ。やっぱり行かないで、なまえ…!」

涙ぐむ元直は、そう叫んで俺の腰にしがみついた。先ほどからこのやり取りが数回繰り返されている。どうしたものか。そんなにぎゅっと眉を寄せられたって、そんなにきゅっと口を結んだって、そんなに潤んだ目で見つめられたって、そんなに力強く抱きつかれたって、申し訳ないが俺は行かなければならないのだ。俺だって叶うことならこのままずっと元直と共にいたい。だがそれは許されないことなのだ。

「……元直、何度も言うようだが俺は…」
「わかってる。わかってるけど…やっぱり嫌だ…なまえと離れたくない……!」
「…………」

もう何度目かわからないため息を吐いた。もうそろそろ出ないと間に合わなくなってしまう。これは他の何物でもない、我が国のためなのだ。彼のわがままを理由に断ることなどできない。

「……なまえは、辛くないのか?こんなにも胸が張り裂けそうなのは、俺だけのか?」
「元直……」
「っ…いいんだ、別に。どうせ俺なんか、君にとって邪魔でしかない存在…そうなんだろ?」
「…………」
「ただ、それならそうと、はっきり言ってくれ…いっそ突き放してくれ…そしたら、俺も諦められるから…」

腰辺りからぐずぐずと鼻を啜る音が聞こえる。ああ、ついに泣かせてしまった。諦められるから、などと言うわりには離してやるものかと言わんばかりの力でしがみついているじゃないか。このやり取りももう何度目か忘れてしまうくらい繰り返してきたなあとぼんやり思った。

仕方ない。この手を使うのはよく諸葛亮殿に怒られるから嫌なのだが…

「……元直」
「…………」
「……お前も来るか?」
「!い、いいのかい?だって、俺、迷惑じゃ…」
「そう思ってるならこんなこと聞かないさ。それに、そうでもしないとずっと離してくれないだろう?」
「………行く…行かせてくれ!絶対、邪魔になんかならないから!君の役に立ってみせるから!」
「ああ、期待してる」
「あっ、ありがとう、なまえ…!」

ついてくるかと問うと、腰に押し付けていた顔をがばりと上げて俺を凝視した元直。その顔はやっぱり涙でぐしゃぐしゃだったが、俺の言葉に満面の笑みで答えたあと、今度は首に腕を回して抱きついてきた。

「俺が必ず守り抜いてみせるから」

甘えたで泣き虫な彼にしてはなかなか心強い言葉が飛び出してきたものだ。さて、これでなんとか出陣に間に合いそうだ。次は諸葛亮殿への言い訳を考えるとするか。









(……ということなんだ、すまない諸葛亮殿)
(はあ、またですか…甘やかしすぎですよなまえ)
(孔明!なまえを責めるのはやめてくれ!)



140207