「やあ、なまえくん」

元気?だなんて爽やかに微笑む彼の顔には見覚えがあった。というかこんな濃いイケメン顔、忘れる方が無理があると言うものだ。

「や……やあ、新開くん…」

元気は元気だけど、こんな朝っぱらから何の用だと叫んでやりたい。しかしそれ以上に眠かったので眠気眼で睨み付けることしかできなかった。現在時刻、朝の6時である。恐らくひとっ走りしてきたついでに立ち寄りましたみたいな感じなんだろうな。いい汗かきやがって青春真っ只中の部活マンめ。

「とりあえず、あれだ。こんな時間に何の用だとかもう少し時間考えろとかツッコミどころはたくさんあるんだけど」
「軽く走るつもりが結構夢中になっちまってさ。なまえくん朝飯まだ?まだなら俺もご馳走になっていい?腹へった」
「ツッコミどころこれ以上増やさないでくれる?」

そりゃまだに決まってるさだってほんの数分前までグースカピー状態だったんだぞなのにピンポンピンポンやかましくインターホン鳴らされたからイライラしながら起きたらこれだよなんなのこの子前会ったときからうっすら思ってたんだけどフリーダム過ぎるだろフリーダムかもしくは理不尽が服着たみたいなやつだ信じられない。

平日ならまだしも今日は日曜日だぞ?お休みだぞ?本当ならもっと眠れたはずなのに……ぼくの眠りを妨げた罪は、重い。

「…生憎だけど、こんな早朝から一度会っただけの人間にご飯をたかりに来るような非常識な子に食わせてやる物はなにもありませんお帰りください」
「え」
「せめてもっと時間考えるとか、そうでなくてもぼくたちは別に親しい間柄ではないだろう。一度助けてあげたけどだからっていつでも来てねなんて言った覚えはないし、あの時のお礼をしに来たどころかご飯食わせろなんて思わず笑ってしまうよ」
「…………」
「それじゃ、ぼくは二度寝するからそろそろ……」
「…………」
「……そ…そろそろ、帰っ…」
「…………」
「………………っ、わかったよ!もう!朝ごはんだけだからな!?わかったからその顔やめなさい!」
「ヒュウ!サンキューなまえくん」
「くっ、このやろう…」

なんというかもう、殴りたい、この笑顔…!











「おっ、フレンチトースト!」
「言っておくけど二枚までだからね!これ以上は作らないからね!」
「十分だよ。いただきま…」
「あ、待って新開くん」
「!」

結局作ってあげたんだからぼくってほんと優しいよなあ優しすぎて涙が出そうだ。そうしてなんとか自分で自分を立てつつ、冷凍庫から持ってきたバニラアイスをスプーンで掬ってフレンチトーストに乗せてあげた。出来立てであつあつのトーストの上でじゅわりと溶けるアイス。うん、上出来。

「いい匂い…食っていい?」
「はい、どうぞ」
「いただきまーす……うまっ!」
「それはよかった」

美味い美味いと笑顔を浮かべながら、ペロリと一枚完食してしまった新開くん……シチューをご馳走したときもそうだったけど、この子、本当に美味しそうに食べてくれるな。なんというか、こうやって普通に食べてくれる人って周りにいないから、新鮮だしどこかむず痒い。先生はみんな辛口評価だし、友達は食べ慣れたからか味よりも喋りに夢中になることが増えてきた。だから、そんな風に素直に美味しいって食べてもらえると嬉しいやら恥ずかしいやら、よくわからない気持ちになる。

「……ん?なまえくん、食わないの?」
「えっ、あ、た、食べるよ。いただきます」
「………なにか良いことでも思い出した?」
「へ」
「さっきからずっと笑ってるからさ」
「!!」

し、しまっ、顔に出てた!僕としたことが!慌てて口をギュッと結んだけど、新開くんはへらりと笑ったまま。は、恥ずかしい。

「別に隠すことないのに。なに?最近良いことでもあった?」
「い、いや、別に」
「そう?ならなんで」
「きききき気のせいだよ!なんにもないのに笑うなんて、そんなおかしいことしてない!」
「そうか?別に変なことじゃないと思うけど」
「きみがそうでもぼくは違うんだよ」
「ふーん……多分俺、なまえくんの笑顔初めて見たからさ」

そんな顔するんだなーって。にこにこ笑う新開くんはそう言いながら、二枚目もあっという間に食べてしまった。はやい。

初めて見たって、まだぼくたち会うの二回目なんだから見せてない顔の方が多いだろうに。むしろお互い知らないことが多すぎるのに、どうしてこんな気軽に朝ごはんをたかりに来れるんだろうか。最近の若者のコミュ力ってこんなに高めな感じなのか?まあ素直にご馳走してるぼくもぼくだけど。

「ふう、ごちそうさまでした」
「……さ、約束通り、帰ってもらうからね」
「分かってるって。また怒られるのはごめんだから、次はもっと遅い時間に来るよ」
「来るのは来るのか…」

はははと笑う新開くんは慣れたように玄関の方へ行ってしまった。食べ終わった今でもまだ7時になってないくらいだ。彼の言う通り、来るなら来るでもう少し遅い時間の方が断然助かる。

「……あ!そうだ」
「ん?まだなにか…」
「忘れるとこだったよ。はい、こないだのお礼その1」
「え」

す、と手渡されたのは……ライオンのストラップ?

「……なにこれ…」
「よく飲んでるスポドリに付いててさ。全6種類、お楽しみに」
「…………えっ、もしかして全部持ってくる感じ?」
「当たり前だろ?それでも足りないくらいなのに」
「いやいやいやいやいや大丈夫だよ!一種類だけでも全然嬉しいし十分だから!うん!」
「いーや、それだと俺の気がすまねえからさ」
「えええええええ」
「それじゃあまた来るな、なまえくん」
「あっ、」

まるで言い逃げするかのように、そのままタンタンタンと階段を降りていってしまった新開くん。なんてやつだ。フリーダムと理不尽と、あと強引も付け加えておこう。

下を覗くと、自転車に跨がった新開くんもこちらを見ていた。軽く手をあげてそのまま走っていく背中を見つめながら、重い重いため息をつく。

「………妙な口実を作られてしまったな…」

可愛くデフォルメされているライオンのストラップを見つめながら呟いた。食いしん坊(多分)な彼のことだ、いい食い処を見つけたとでも思っているに違いない。これで最低でもあと5回はやってくることが確定してしまった。今月の食費ヤバそう。辛い。





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