08
(………あれ、)
気付けばベッドの上にいた。辺りは薄暗く、もうそんな時間なのかとぼんやり思って、そういえば荒北くんは、と体を起こした。まさかここまで運んでくれたのだろうか。とことん迷惑をかけてしまったな。
(…どこに行ったんだろう)
さすがにもう帰ってしまっただろうか。そばに置いてあったスマホを見るともうすぐ21時になる。まさかこんな時間まで爆睡してしまうとは。これじゃまた夜眠れなくなるなあ。けれど、眠る前よりも幾分か恐怖や不安が薄れている気がした。
とりあえず電気をと思ってベッドから降りようとしたら、玄関の方から何かがぶつかったような激しい音がした。
「……え、」
一瞬体が止まった。しかしすぐにハッとして玄関まで走る。電気を付けて玄関を開けると、そこには荒北くんと、
「……さ、かもと、先生…?」
その荒北くんに跪くようにして倒れている坂本先生の姿があった。なんだ。なんだこれ。俺が現れた途端二人の視線が飛んできて、今度は俺の足元に飛び付いてきた坂本先生に思わず悲鳴が漏れた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当はもうやめるつもりだったのごめんなさいお願い許してくださいごめんなさいごめんなさい」
「はっ、え、な、なに、」
「もうやめなヨ見苦しいからさァ、センセー」
「ひっ!」
まるで壊れたCDみたいにごめんなさいを繰り返す先生。それを冷たく見下ろしながら、やがて先生の髪を掴んで無理矢理立ち上がらせた荒北くん。
訳がわからない。どうして先生がここにいて、どうして俺に謝って、どうして荒北くんがこんなに怒って、
ああ、まさか、
「…ぜんぶ、坂本先生だったんですか…」
今までの、この奇妙な出来事は。全部坂本先生の仕業だったのか。
『あのセンセー、気を付けた方がいいヨ』
荒北くんの言葉が頭に響いた。
「生徒相手にストーカーとかさァ、ほんとどうかしてんネ。ケーサツ呼ぼうぜみょうじクン」
「そ、それだけはやめて!もう二度としないから、それだけは、警察だけはやめて、やめてください、お願いします、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」
「だからァそれが見苦しいんだって。アンタみたいな犯罪教師逮捕されて当然だからネ?大人しく…」
「もういい」
「!」
「……みょうじクン?」
「もう、もういいです、もういい」
吐きそうだ。
「もういいから、二度と俺の前に現れないでください」
今こうしてちゃんと喋れているのが不思議なくらいだ。震える声をなんとか絞り出す。もういい。警察だとか犯罪だとかもうどうでもいい。とにかく今すぐ俺の前から消えてくれ。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…っ」
俺の言葉にため息を吐きながら、それでも坂本先生の髪を離した荒北くん。それを見て坂本先生は謝りながら走っていってしまった。
これで良かったのかと言われればきっとそうではないんだろう。でも、なんか、今はもう何も考えられない。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
「……良かったのォ?」
「…………」
「…みょうじクンは優しいネェ」
荒北くんは俺の心情を察したのかそうじゃないのか、そのまま俺を抱きしめてくれた。俺は優しくなんかない。ただ考えるのが嫌になっただけなんだ。今は何も考えたくない。何もしたくない。何も見たくない。何も聞きたくない。
「…今日さ、泊まってっていい?」
静かな声に、俺はどう返事をしたのだろうか。それすらも覚えていない。ただその日はそのまま倒れるように眠りについた。思考回路も今までの出来事もそれまでの記憶も全部消えてしまえばいいと思った。次に起きた時には、なにもかも消えてしまって、真新しい自分として生きていけたらいいと思った。
そんな俺の願いも虚しく、いつも通りの朝は呆気なくやってきて、記憶もきちんとそのままで、ただいつもと違うのは隣に荒北くんがいてくれていたことだけ。
「…みょうじクン」
今日は、ちゃんと学校へ行けるだろうか。眠気眼のまま荒北くんを見つめる。先に起きていたらしい彼はいやに真剣な顔をしていて、俺は、
「あのセンセー、自殺したって」
おれは
161013