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先ほどまで行われていたオレとセンセーによるゴタゴタのせいですっかり疲れ果てて眠ってしまったなまえチャンの頬を撫でながらうっそりと笑った。怖がらせてゴメンネ。辛かったネ。しんどかったネ。大変だったネ。お疲れ様。これからはオレがずーっと守っててあげる。何も心配しなくていいからネ。

「…そろそろ時間か」

起こしてしまわないようにそっとベッドから腰を上げた。これが正真正銘、最後の仕事だ。












「名演技だったヨ坂本センセー」
「!」

事前に待ち合わせ場所に決めていた廃ビルへ向かうと、そこにはもうセンセーが待っていた。期待しきった目でオレを見るのが面白くて薄く笑う。途中何度かイラついたけどよくやってくれたと思うヨ、ホント。

「お疲れ様ァ。センセーがいなきゃここまで上手くいかなかったヨ」
「いいの、他でもない荒北くんの為だもの…そ、れで、」
「ア?」
「ぷ、プレゼントって…?」

顔を真っ赤にしてそわそわちらちら。これがなまえチャンだったら死ぬほど可愛かったのになァと内心ごちる。年増がしたところでイラつかせるだけだってなんでわかんねえかなァ。けどまあセンセーがいなきゃ今日という日を迎えられなかったのは事実。じゃなきゃオレは今でもずっと悶々とした想いを抱えたままなまえチャンのそばにいるだけの存在だっただろう。

だから、そんなセンセーのためにとっておきのプレゼント。

「そう慌てんなって。ちゃあんと用意してっからさァ…その前に、ちゃんと持ってきてくれた?」
「ええ、ほら!」

バッと勢いよく渡された厚みのある封筒の中身は金ではなく手紙だ。確認しなくともこの女がオレへの愛をバカみてえに書き連ねている紙が入っているだろう。今さらオレの頼みに反することはしない。アリガト、と受け取ってそのまま月明かりが差し込む窓際へ向かった。歩く度に砕けたガラスやコンクリートの小さな欠片がパキリグシャリと音を立てる。大きなガラス窓は長期間放置されていたせいで開けづらかったが、力任せに無理やりこじ開けた。歪な音を立てて開いた窓から風が吹き抜ける。下を覗くと人気のない真っ暗な路地裏。時間が時間だしそりゃそうかァと自己完結しておいた。

オレの一連の動きを黙って見ていたセンセーは、やがて痺れを切らしたようにオレの方へ寄ってきた。渡された封筒をパタパタ揺らしながらセンセーを見る。

「月、明日はもっと綺麗だろうネェ」
「…そう、ね…今日は少し、欠けてるわ」
「…センセー、ほんとにアリガトネ、いろいろ」
「!」

手紙を足元へ放って、代わりにセンセーの手を掴んだ。両手をぎゅっと握って、にこにこと驚愕している顔を見つめる。

「とっておきのプレゼント…オレのハジメテをあげるヨ」

ひゅ、と息を飲む音が聞こえた。

「あ、らきたく…っ」

瞬間掴んでいた手を離して、下から腰と足を勢いよく持ち上げた。そのままいとも簡単に窓枠に吸い込まれていく体。最後に見えた間抜け面は傑作だった。

「ハッ!自殺援助はアンタがハジメテだからさァ、感謝してよネ」

遥か下に落ちていったセンセーには聞こえていないだろうけれど。それにまた一人笑った。仕上げに投げ捨てた手紙を窓に差し込み、始終着けていた手袋は…そうだな、帰ったら処分しよう。

さ、これで万事解決。早くなまえチャンのところへ戻ろうっと。






















「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる世界中の誰よりも大好き愛してるわあなたに出会うことは生まれる前から決まっていたのわたしの運命の人頭のてっぺんから爪先まで血も骨も肉も内蔵も全部全部あなたを形成するものすべてを愛してるあなたと出会い愛し尽くすことはきっと前世から決められていたことなのその目でわたしを見つめてくれたらその声でわたしの名前を読んでくれたらその唇で手で足で体でわたしに触れてくれたらわたしはそれだけで死んでもいいと思えるわたしのすべてをあなたに捧げるわ愛しい人愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」



自殺の際に利用したとされる廃ビルで見つかった手紙に延々と書き連ねられていたのは狂ったような愛の言葉だけだった。最後の一行に書かれていた「死んでもわたしはあなたの物よ」という言葉が全てを結論付けている。俺を愛したあの人は俺を想ってそのまま死んだ。死んでしまった。

今日も電話が鳴り止まない。家族、学校、警察、マスコミ、友達。心配する言葉。事情聴取。野次馬。お前がたぶらかしたのではないかという非難の声すらあった。ふざけるな。いやだ。こわい。つらい。頭が狂いそうだ。何も考えたくない。どうしてこうなったんだろう。何を間違えたんだろう。俺は、ただ普通に過ごしていただけなのに。どうして。

「…大丈夫だからネ、みょうじクン」

顔を優しく引き寄せられて、されるがままに隣にいた荒北くんの胸に押し付けられる。頭がボーッとする。もう考えることを放棄している自分がいた。そんな俺でも荒北くんは見捨てようとはしなかった。

「オレは、オレだけはずっとずっと味方だからさァ」

そうか。それなら、もう、俺には、君がいれば、それでいいんじゃないか。荒北くんは俺を責めない。俺を傷付けない。俺を守ってくれる。

「そうだヨ。みょうじクンが望むなら、オレはなんだって出来る」
「…何もしなくていいよ」
「!」
「……ただ、俺のそばにいてくれればそれでいい」
「…ハッ、もちろん」

ならもう俺は何もいらない。なにもしたくない。何も考えずに、ただ静かに生きていきたい。それだけがこれからの俺の望みだ。





「……みょうじクン」
「…どうした?」
「ダァイスキ」

ちゅう、と首筋に生暖かいものが触れた。










181121