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『悪い。今日休むから先生に伝えててくれると嬉しい』

朝から短文でそう表示されていた通知画面をツ、と爪で撫でる。さすがのみょうじクンも堪えたかァ。そのままスマホを数回タッチして、昨日撮ったキスマークのついた首元の写真を開いた。勝手に口角が上がっていくのが分かる。昨夜忍び込んだ時と同じように指でなぞってみるけれど当然体温など感じないし皮膚独特の柔らかい感触もない。ああやっぱり実物が一番だなあとスマホをベッドへ放った。

度重なる謎のメッセージで徐々にではあるが確実にやつれていたみょうじクン。それでも表面上はあっけらかんとしていたから、少しばかりリスクの高い行動に移してみれば効果覿面だった。言葉だけならそれこそ夢か幻かと勘違いされても仕方ないがキスマークともなれば実際に手を出されているのだから誤魔化しようがない。むしろここまで来てようやくちゃんと意識してくれたかって感じだ。みょうじクン鈍感だもんなァそんなとこも可愛いけどォ。そして昨夜、だめ押しでもう一度キスマークをつけてやった。眠りが浅かったおかげで余計効果があったみてェだ。これで完全に恐怖の底に叩きつけられただろう。あとはその窮地を颯爽と救って、オレという存在を、絶対的な味方であるということを刻みつけてやるだけ。 

その為にもあともう少しこいつに働いてもらわなきゃいけないんだけど


「ネェ、センセー」
「ん、んんっ、」
「オレまだこないだのこと怒ってるんだヨ?」

椅子にくくりつけていた坂本センセーをへらへら笑いながら睨み付けた。口はガムテープで塞がれているから何を言ってるか全くわかんねえけどそんなことはどうでもいい。

「アンタが余計なこと言うからさァ、危うく計画丸潰れになるとこだったじゃナァイ」
「んう、う、うう」
「でもオレは優しいからネ、最後のチャンスをあげる」
「んっ!」

バリッと勢いよくテープを剥がした。痛みと苦しみに顔を歪めていたがそれを無視して至近距離に顔を寄せる。それだけでオレのことが大好きなセンセーは顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を開閉させていた。クッソ汚ねェ間抜け面。

「これが最後の仕事だヨ。これが終わったら、オレからセンセーに、とっておきのプレゼント、用意してるから」

頑張ってネ?と頭を撫でてやったら、泣きながら首をブンブン縦に振りやがった。扱いやすくて助かるなァ。これだけしてやればもう裏切るような真似はしないだろう。まあ前回の告げ口未遂もどうせ嫉妬から来るものだろうけどネ。ほんとバカな女。オレが見てるのはみょうじクンだけなのに。

一通り今日の流れを伝えて、繰り返し確認させた。失敗は許されない。ヘマをしたら今までの苦労が全部水の泡だ。それだけは避けねえと。

「…あ、そうだセンセー」
「!」
「この紙にさァ、文字書いてほしいんだけど」
「文字?」
「ウン。紙一面が埋まるくらい、みっちり書いてきて。宛先と名前は一切出さずに、オレへの愛の文章をネ」

昨日100均で買ってきたシンプルで真っ白な便箋を一つ差し出す。これも大事な作戦の一つだ。

「あなた、への…?でも、なんの意味が」
「意味なんか考えなくていーの。センセーなら一枚分くらい楽勝でしょ?あれ、それともオレへの愛はその程度だったってことォ?」
「っ、そんな、そんなことない!書くわ、一枚でも二枚でも何枚でも、」
「へえ、それは嬉しいナァ。あ、あと、文章見て誰のことか分かるような書き方もやめてネ。恥ずかしいから」

ニッコリ笑って、じゃあまた今夜ネと半ば追い出すように外へ出した。駒はただ黙ってオレの言うこときいてりゃいいんだヨ。どうせ意味なんか考えたって分からない。分かったところでセンセーに大好きなオレのお願いを断る勇気も理由もないだろう。

さて、あと少し。あと少しで、みょうじクンは落ちる。落ちてきてくれる。オレのところに。みょうじクンに惹かれてからずっとずっとずっとずっと待ち望んでいた彼の一番になれるまであと少しだ。考えただけでゾクゾクする。いつも朗らかに笑うみょうじクンが、やつれた顔をして、恐怖に青ざめながら、潤んだ目を向けて、声を震わせてオレにすがってくる。

「ハッ…想像しただけで、イッちゃいそ…っ」

いつの間にか乱れていた息と震える体を落ち着かせた。ああ、早く、早くみょうじクンのところへ行きたい。待ち遠しい。みょうじクン。みょうじなまえクン。なまえクン。なまえチャン。可愛い可愛い、オレの、オレだけの、

「…さ、そろそろ動くかァ」

待っててネなまえチャン。もうすぐ助けにいくから。










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