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「オハヨ、みょうじクン」

後ろからそっと名前を呼べばすぐに反応してくれた。オレの顔を確認するとすぐにニカッと笑いながら片手を上げてくれる。正直な心臓はそれだけで嬉しい嬉しいと飛び跳ねて、体中が一気に熱を持ってしまう。みょうじなまえクン。今日も眠たげで可愛いなァ。

「おはよう、荒北くん」

可愛い可愛い可愛い可愛い。軽く目元を擦る姿もとっても可愛い。あんまり擦ったら赤くなっちゃうヨみょうじクン。でも赤くなったら赤くなったでもっと可愛くなっちゃうネェ。これ以上可愛くなってどうするつもりなのみょうじクン。ああほら、やっぱり赤くなってる。

「…寝不足ゥ?」
「んー、課題がなかなか終わんなくてさ」

それでもまだオトモダチのオレはそんなこと言えないし、大丈夫かとその目元に触れることも出来ない。

「そっかァ」

どうすればオトモダチからもっと上の関係になれるんだろう。今までこんな気持ちになったことなんかないからわかんねえ。こんなこと相談できる奴なんかいねえしネットで調べてもたくさんありすぎて訳わかんねえしもちろん教科書になんて載ってねえ。とにかくオトモダチの中でも一番になろうと思って毎日毎日みょうじクンのそばにいるようにはしてるし、たくさん話し掛けてるし、昼飯だってここ最近は毎日食べてるし、授業の席だって常に隣キープしてるし、オレ以外のオトモダチはみんな遠ざけてやったし、

「荒北くん」
「ん、ナァニ?」
「今日って練習何時から?」
「今日はァ…昨日と一緒かも。けど最後の授業休講んなってたから、ちょっと早めに出よっかなァ。なんでェ?」
「そうか…いや、もし時間があるなら、一緒に課題しないかなって思ってたんだけど」

また今度にするよ、と控えめに笑ったみょうじクン。なるほどそういうことか。ほんと、バァカチャンだネ。

「…イイヨ。付き合ったげる」
「え、でも練習」
「今日の課題なんか楽勝だから全然間に合うって。気にしないでいいから」
「そっか…なんか悪いな、ありがとう」

今のオレがみょうじクン以外のこと優先するわけないのにネェ。心の中でそう呟いて、ドウイタシマシテと笑い返した。












「…なにしてんの?」

大学の近くに借りてるアパートに帰ると、なぜか先客がいた。誰だコイツ。知らない女。いや、知ってたとしても鍵も渡してない他人が勝手に自分の部屋に上がり込んでたら普通にビビる。

「ぁ、あ、あの、」

けど、オレのベッドに乗っかっていた見知らぬ女はオレ以上にビクビクガタガタと異常なほど震えていて、半泣き状態になっていた。違うのと震えた声が聞こえる。何が違うと言うのだろうか。意味がわからないし気持ち悪い。人のベッドの上で何をしてるんだ。

「…アンタ誰?ここオレの部屋なんだけど」
「…っ…ごめんなさい!!」
「えっ、」

一言叫んだかと思うと、女はそのベッドから飛び降りてオレの足元にしがみついてきた。なになになに、怖いんだけど。

「なに、なんなの」
「ごめんなさい、本当は、み、見てるだけでよかったの、でも、が、がまん、できなくなって、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ハア?」

何度も告げられるごめんなさい。謝るくらいなら空き巣なんかしてんじゃねーヨバカじゃねーの。見てるだけでよかったっつーことはずっと狙われてたってことかァ?計画的犯行ってやつ?

「つーかオレん家そんな高価なモンとか置いてねえのに。部屋間違えたんじゃねえの?」

頭を掻きながらそう吐き捨てると、女は目をまぁるくしてオレを見上げた。

「……も、物目当てじゃ、ないの…」
「ハッ、なにそれ。今さらそんな言い訳されても」
「ち、違う!なにか泥棒しに来たわけじゃないの!」

泥棒目的じゃない?

「……じゃあ、何してたの」
「…………か……」
「ハ?」
「……あなたのこと、ストーカーしてたの」

ストーカー?

「前図書室で見た時から、ずっと気になってた。気だるげで色っぽいその顔が頭から離れなくてずっとずっと見てたの。でもそれだけじゃ我慢できなくなって最近あなたのことつけてたの。家もそれで知ったわ。それだけで十分だったのにまた我慢できなくなって気付いたら部屋に入ってて、ここが荒北くんのお部屋なんだって思ったらもう抑えきれなくなって!さっきもね!ベッドに忍び込んでたの!荒北くんの匂いでいっぱいになってあなたに抱きしめられてるんじゃないかって錯覚しちゃって!興奮しちゃったの!毎日毎日ここで眠ってるんだって思ったらもうたまらなくなって、ああ、やだ、またドキドキしてきた、どうしよう、」

ベラベラと御託を並べる女は言葉通りすっかり興奮しきったらしく、顔を真っ赤にしてオレにしがみついていた。荒い息が腹部に絶え間なくかかるのが気持ち悪い。ストーカー。言葉は聞いたことあるが実際に見るのは初めてだ。こんな気持ち悪い奴らなんだ、ストーカーって。

けど、一つだけ分からないことがあった。

「……ネェ、」
「!」
「なんでストーカーすんの?」

その理由がわからなかった。

そう漏らした途端、女はピタリと体を止めて、また不思議そうな顔をしてオレを見た。

「好きだから」

好きだから?

「好きだからストーカーすんの?」

なんで?

「好きだからなにもかも知りたいもの」

なにもかも、

「………知りたい……」

好きだから知りたい。オレは、オレもそうだ、みょうじクンのこと、全部知りたい。なにもかも知りたい。知らないことはまだまだ腐るほどたくさんある。じゃあ、それを全部知ることができれば、オトモダチ以上の関係になれんのかなァ。

「……そっかァ、」

にんまり笑ったオレに、女はまたポカンとしていた。








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