屋上にいた荒北さんは、やるせないような呆れたような、そんな顔を浮かべていた。あと、少しイラついてる。やっぱり的中した。この人、全部知ってるんだ。俺の知らないあの人のことを。こんな状況じゃなければただただ悔しくて妬ましくてってだけだったのに、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「…みょうじさんは、今どこにいるんですか」
今、どこにいるんですか。何をしてるんですか。何を考えてるんですか。何を隠してるんですか。荒北さんには言えるのに、俺には言えないことって何ですか。どうして黙って行っちゃうんですか。どうして終わりだなんて言うんですか。そんな俺だってわかるような、あからさまな嘘を吐かなきゃいけないほど、何かに追われてるんですか。追い詰められてるんですか。だったら全部俺が取り除いてやるから、だから、
そんなこと、みょうじさん自身に伝えなきゃ意味ないのに。どうしてあんたはここにいないんだよ。
「……あいつは今鹿児島に行ってる」
「!」
「親父さんの経営してる会社が鹿児島にあるらしくて、今はそこにいる」
「…鹿児島、県……」
「…その様子じゃほんとに何も知らねえんだな」
さっきよりも苛立たしそうな顔をして舌打ちをした荒北さん。
「……進学が嘘だったってことは、昨日知りました。それを伝えたら、もう終わりだって、言われて」
「………」
「…でも俺、信じられないんです。あの人がそんな唐突に、強引に別れようとしてくるなんて、信じられないんです」
みょうじさんは一切そう見せようとはしないけど、どうしようもないくらい優しい人。そしてどうしようもないくらいズルい人。だからもっと俺が納得できるように説得してくるだろうし、もしくはわざわざ進学するだなんて嘘吐く前にすっぱり切ってくるだろう。そのどれでもなく、あんな一方的に、適当に、その場しのぎみたいな感じで簡単に別れを告げるだなんてあの人らしくない。
それとも、どうしたって離れたくない俺の頭が都合よく解釈しようとしてるだけだろうか。
「…俺も全部聞いたのは最近だヨ。それまではお前と一緒で、ずっと進学するもんだって思ってた」
最近、というと、俺が廊下でみょうじさんに問い詰めたあの日のことだろうか。だから二人ともあんなに真剣な顔をして話していたのか。それくらい大事な話だったのか。ならどうして、恋人である俺には話してくれなかったのか。
「あいつ、高校卒業したらそのまま鹿児島行って、体弱い親父さんの跡継ぐんだとヨ」
「え、」
「ずっと決まってたらしい。まだ実家は神奈川にあるけど、卒業と同時にお袋さんと鹿児島移って、家族三人そこで暮らすんだと」
「…移るって、そんな」
意味がわからなすぎて、少しだけふらついた。
なんでそんな大事なことずっと黙ってたんだ。俺、なんにも聞いてない。なんであんたからじゃなくて、他人から聞かされてるんだ。おかしいだろ。そんなに信用なかったのか、俺。
「…本当ならもっと早くに全部話して、別れるつもりだったんだってよ」
「!」
「どうせ離れちまうのは付き合う前から分かってたから、いつでも切れたのになって、言ってた。なのに昨日までずるずる引っ張って引っ張って……どういうことか分かるか?」
意味深な目と声が俺を捉える。どういうことかだって?そんなの、決まってる。
(俺に余裕が無さすぎたせいだ)
あの人は優しいから。だから言えなかったんだ。言えば俺が傷付くからって、なかなか言い出せなかったんだ。そうか、そういうことか。
「…それなら、」
「!」
「ちゃんと分かってもらわないとダメっスね、俺の本気」
なんだ、簡単なことじゃねえか。教えてやればいいんだ。俺の本気を。まだ知らないんだみょうじさんは。だから俺のことを気にかけて、傷付けまいとしてる。その優しさはたまらなく嬉しいけど、大丈夫。そんなこと気にしなくても大丈夫だ。
「卒業までには帰ってきますか?あの人」
「……今週中には帰るっつってた」
「そうですか、わかりました。ありがとうございました」
軽く頭を下げて屋上を後にする。隠し事はもうわかった。それならあとは話をするだけ。
俺はあんたが望むなら何だってできる。何だって、できるんだ。
「…なんにもわかってねえよ、バァカ」
まだそんな歪んだ笑い方してるうちはなんにも解決しねえぞ、黒田。
160706