(余裕無さすぎだろ俺)

結局全部全部吐き出してしまった。言わないつもりでいたのに。言ってしまえば呆気ないもので、それでもみょうじさんは大人だから、言葉巧みにお茶を濁して、いつまでも動こうとしない俺の背中を押した。もちろん集中なんてちっとも出来なくて、ずっとあの人の言葉が頭を支配していた。

『俺が卒業しても大丈夫なんじゃなかったのかよ』

馬鹿にするように笑いながらそう言ったみょうじさん。いつかの日に俺が告げた言葉のことを言ってるんだろう。たしかに卒業までに付き合える自信があったからそう言った。強がりでも自意識過剰でもなんでもなく、事実だったから。けれど当時の俺は甘く見てたんだろう。あの人が卒業するってことが、一体どういうことなのか。分かってるつもりがちっともわかっちゃいなかった。だから今さらこんなに焦ってる。

あれから1日。まだみょうじさんとは話せてない。夜も部屋に行けなかった。今会えば、優しいあの人はきっと俺を慰めてくれるだろう。優しく慰めて、論じて、諦めさせるだろう。それができるのは、俺と離れるのが平気な証拠だ。まあ一年くらい大丈夫だろうっていう余裕があるんだ。それなら俺も大丈夫だって、平気だって余裕を見せなきゃ。いつまでも子どものままじゃ、いつか見放される。もう伝えたいことは全部伝えた。ある意味吹っ切れた。だからもう大丈夫だ。それだけちゃんと伝えにいこう。









けれどあの人は追い打ちをかけるように俺から離れていこうとする。


「…………は?」

目の前にいる教師の言っている言葉の意味がわからなかった。

「や、だから、今年はそこ志望してるやついなかったって」

そこ、というのは、俺が手に持っている都内の大学のパンフレットだ。みょうじさんが進学する、大学の。志望者がいなかったってどういうことだ。みょうじさんはここに進学するのに。テストだって受けに行ってた。合格発表の日だって写真付きでメールがきてた。なのに、何を言ってるんだ。

「嘘、だ。だって、みょうじさん、」
「みょうじ?あいつがここ受けたって?」
「言ってました」
「そうなの?けどあいつ、進学しないぞ。進路調査の時も…あ、黒田!」

放課後、何の気なしに立ち寄った進路指導室。改めてあの人がどういう学校に行くのか知っておこうと思っただけだったのに。なんで。どうして。おかしい。意味が、わからない。全部、嘘だったのか。でも、あの人のことだ。なにか意味があるはず。理由があるはずだ。それならちゃんと聞くから、だから、隠さないで教えてほしい。



「みょうじさん!!」

ざわつく胸をなんとか落ち着かせながら走って走って、やっと見つけたみょうじさん。よかった、まだ学校にいた。少し驚いたように俺を見る。そんなことよりも今は、

「進学、しないんですか?」
「!」
「……しないんですね…?」
「……聞いたの、先生に」
「そのつもりはなかったんスけど」
「ふーん」

さっき驚いていたのが嘘みたいに無表情になったみょうじさんを見て、また胸がざわつく。嫌な感じがする。隠してたことがバレたってのに、焦るどころか、どこか開き直ってるようにすら見えた。でも、ここでまた感情に任せて叫んだら今までと同じだ。

「…なにか、理由があったんですよね?そりゃ嘘吐かれたのはショックだったけど、でも、それだけですから。教えてください」
「………」
「ねえ、みょうじさん」

自分を落ち着かせるように、優しく優しく声を絞り出す。怒らないから。責めないから。だから全部正直に教えて。それさえ聞ければ、俺はもうそれでいいから。

なのに返ってきたのは、皮肉るような笑顔だけ。

「…やっと気付いたのかよ。遅すぎ」

その笑顔の裏で、一体何を考えているんだろう。

「なんで嘘吐いたかって?そんなもん一つしかねえだろ。これ以上お前とは付き合えねえからだよ」

冷たい声と言葉が深く突き刺さる。けど、

「卒業前に言おうと思ってたけど、せっかくだ。少し時間が早まっただけ。今ちゃんと言ってやるよ」

どうしてだろう。すべてがすべて、嘘に聞こえる。

「もう終わりだ、黒田。この俺に一年近く付き合ってもらえただけでも光栄だったと思えよ」

そう言って俺から離れていったみょうじさん。いま、たしかに、別れの言葉を告げられたのに。こんなにも冷静に受け止めて理解していられるのは、あの人の言葉から信憑性の欠片も感じられなかったからだ。

なんとなくだけどわかる。あの人、まだなにか隠してる。みょうじさんのことだ、別れたいってだけならそんな嘘吐かずにバッサリ伝えてくるだろうから。

(…今日は、聞けねえな)

追いかけて問い詰めるだけなら簡単にできる。でも今それをしたところで、適当にはぐらかされて終わりだ。少し時間を空けた方がいいかもしれない。ちゃんと本当の理由を聞いて、それでも俺はずっとあんたのそばにいるってことを証明しないと。

あんたが一番よくわかってるだろ。俺がどれだけしつこいか。俺がどれだけあんたに執着してるか。俺がどれだけあんたを愛してるか。まだわからないってんなら、教えてやるよ、何度でも。







翌日。そんな俺を嘲笑うかのように、みょうじさんは行方をくらませた。



160702