不意に目が覚めた。うつらうつらと微睡む意識のなか、昨晩たくさん見たあの人の可愛い姿が脳内を占領する。あー、可愛かったなあって。でも翌日が休みだからってちょっと無茶しすぎたかなあって。起きたらちゃんと謝ろうって。そんなことをまだぼんやりしている頭で考えながら、みょうじさんと一緒にこうして朝を迎えられる幸せを噛み締めた。

けど、それは一瞬で崩れ去った。

「……あ、れ」

眠る時、しっかりと腕のなかに閉じ込めていたみょうじさんを抱きしめたはずなのに、感触がない。

「…みょうじ、さ…え…」

手をバタバタと動かしてぬくもりを探す。でもなにもない。どこにもいない。瞬間寝惚けていた頭が覚醒してベッドから飛び起きた。辺りを見渡しても姿が見えない。なんで、どうして、おかしい、だって、ほんの数時間前まではたしかに俺のそばにいたのに。

嫌な汗が吹き出る。心臓がバクバク音を立てる。震えている体を落ち着かせるように肩に腕を回して自分自身を抱きしめてみたけど、それでも震えは止まらない。

(お、ちつけ、大丈夫だ、ちょっと、出てるだけだ、ちゃんと帰ってくる、なんでもないような顔して、バカにしたように笑って、ちゃんと、帰ってくる、帰ってくるから、大丈夫、だって、あの人は、俺の、)

本当に?








「あれ、黒田?」
「!」
「なんだよ、起きて…っ」

あれから何分経っただろう。怖くて怖くて動けなくてだらしなくベッドの上で震えていたら、ドアの音と一緒にのんきな声が飛んできた。その言葉を最後まで聞く前に腕を引いてベッドに引きずり込んだ。驚いている顔も声も無視してきつくきつく抱きしめる。よかった。ちゃんと帰ってきてくれた。ここにいる。みょうじさんは、ちゃんと、ここに。

「な、に、お前、」
「どこ行ってたんですか」
「どこって、便所だけど」
「黙って行かないでください」
「はあ?何言ってんだよ今までわざわざ言わなくても」
「黙って、俺の前から、いなくならないでください」

返事を聞かずに強引にキスをした。みょうじさんの存在を確かめるように、角度を変えて、何度も何度も、深く口づけた。

「ふ…んぅ、」
「ん、ん、はあ、みょうじさん、ねえ、みょうじさん」
「な、んだよ」
「抱かせて」
「は!?ざっけんなよお前昨日散々…」
「いやだ、まだ足りない。もっともっと、欲しい。ちょうだい、みょうじさん」
「っ、」

すっかり立ち上がったそこを押し付けると息を飲んだみょうじさん。もうキスしただけでこんなんになるくらい、いつだってこの人が欲しい。きっと世界中でただ一人、俺だけが知ってるみょうじさん。俺だけが見れるみょうじさん。これから先もきっと俺だけ。どこをどう触れば感じるのか、何をすれば嫌がるのか、どうしてあげればイくのか、もう全部わかってる。熟知してる。もうそれくらいたくさん抱いた。それでも、まだまだ全然足りない。動きを止めたのをいいことに、耳元に口を寄せて囁いた。

「足りないんです。体が、心が、もっともっとあんたが欲しいって、ずっと叫んでる。一日中抱いたって足りないくらい。ねえ、だから、いいでしょ?」

吐息混じりにそうねだれば、優しいみょうじさんは文句を言いながらもなんだかんだで許してくれる。それでいい。もっとたくさん抱いて、無茶苦茶にして、俺を刻みつけてやる。そうして縛りつければ、繋ぎ止めれば、もうこの人が離れていく心配はなくなるはずだから。

「…みょうじさん、キスして」
「……したけりゃすればいいだろ」
「俺からはいつもしてるじゃないですか。たまにはみょうじさんからしてくださいよ」
「…気が向いたらしてやる」

素っ気なく返された言葉に、俺がどれだけ不安を感じてしまうのか、知っているのだろうか。気が向いたら。そうやって遠回しに拒絶されるのは今日が初めてじゃない。この人からキスされたことなんて、今まで一度もなかった。

「またそんなこと言うんだから」

こうやって笑って答えられてるうちに、一度だけでいいからさあ、してくれよ。もう笑顔を作るのがしんどくなってきた。泣いて懇願でもすればキスしてくれるのか。好きだって、言ってくれるのか。

どうしたら、あんたから愛されてるっていう証拠がもらえるんだろう。








160620