「見つかったか?」
「んー、全然…」
「マジで?」

ほんとにあんのかよー…と辞書みてえな分厚い本をペラペラと捲っていく。やべえどのページ見ても呪文しか書かれてねえ。怖い。それを黙々と読み続けてる無口も怖い。めちゃくちゃ真剣な顔してるし。よく解読できんなそんなの。頭パンクするわ。

今日もさっさと帰ってゆっくりしよ〜なんて思いながら歩いていた廊下で無口とすれ違って、そっからなぜか二人して図書室へ。なんでも調べたいことがあるとか言ってほとんど無理矢理つれてこられたというか。しかもかれこれ30分経ったのにまだ見つかんねえし。人気のない奥の方の机に二人で座って面白くもなんともねえ本を読み漁る。大丈夫かこれ、なんてため息を吐きつつ未だに謎の本とにらめっこしてた無口を眺めていたら、そいつの隣に置いてあった鞄から鈍いバイブ音が聞こえてきた。

「……ケータイ鳴ってんじゃねえの、それ」
「え、あ、ほんとだ!」

ありがとうと言って鞄から取り出されたケータイはやはり震えていた。どうやらメールだったらしく、カコカコと操作したあとすぐに鞄に戻されたケータイには、どこぞのブスが付けてたのとお揃いのストラップが付けられていた。相変わらずお熱いこって。

「荒北くんからだった」
「ふーん。一人ぼっちで寂しい〜ってか?」
「ち、違うよ!でも、そろそろ合流しようって」
「そ。なら、お邪魔虫は退散しましょうかねえ」
「お邪魔虫なんてそんな…」
「照れんな照れんな」
「あ、で、でも、まだ来ないから、」
「?」
「その…もう少し、話さない?」

おどおどしながら、それでも笑ってそう言った無口。まあ、別に用事もねえし、そっちがいいならいいけど。とりあえずこのタウンページみたいなやつはもう放置でいいんだよな、と隅っこへ追いやって机に肘をついた。

「もうすぐ卒業式だね」
「だなー。三学期始まったかと思えばあっという間だったぜ」
「もう、学校にも来なくなるね」
「今週いっぱいだけだろ。あとは式まで休みとか天国過ぎる」
「……あの、みょうじくん」
「あ?」
「俺、ずっと思ってたことがあって」
「え、なに?俺のこと?」
「うん」

なんだなんだ、男の俺から見てもやっぱりみょうじくんってかっこいいよねえとかそういう感じ?まあ分からんでもないけどお前もイケメンだとは思うぜ。俺には負けるけどな!残念ながら!

いつもみたくそんな軽い感じで構えていたが、返ってきた言葉は想像を絶する暴言だった。

「みょうじくんって、荒北くんに似てるよね」
「は?」

え。え、なん、なんだと。なにその新手の悪口。顔面ひきつってる俺とは正反対ですっげえ笑顔で言われたし。なんだ俺気付かないうちにお前の気に障ることしてたのか。意味がわかりませんと全面的に押し出した顔で無口の顔を見つめると、慌てたように手をバタバタと動かして俺を見た。

「その、変な意味じゃなくて、」
「じゃあやっぱただの悪口じゃねえか」
「そ、そうじゃないよ!ほら、二人って、すっごくかっこよくて、すっごく優しくて」
「それどっちも俺にしか当てはまってなくね?」
「それで、すっごく、不器用だよね」

不器用。その言葉に一瞬息がピタリと止まった。

「……いや、うん、それはちげえよ。俺はあいつと違って」
「器用に見せてるけど、でも、違うと思うな、俺」
「!」
「その不器用なところも、全部全部優しさからくるものだって、知ってるけどね」

さっきの慌てぶりはどこへやら。ただただ穏やかに笑う無口。対して俺はというと、呆気にとられるしかなかった。まさかあの無口になにかしら諭される日が来るとは。

「…先輩だから、歳上だからって、なんというか…見栄、張らなくてもいいんじゃないかな」
「……はあ…何の話をしでかすかと思えば…」
「ご、ごめんね、俺なんかほとんど無関係なのに、なんか、生意気にでしゃばっちゃって……でも、その、みょうじくん、彼と別れてから、すごく、寂しそうだったから、見てられなくて…」

寂しそうだった?俺が?うっそ。なんだよそれ。そんなわけないだろ。寂しそうってなんだ。女の子と付き合ってて別れたならまだ分かるけど、相手あいつだぞ。ありえねえだろ。ずっと別れるつもりだったし、こうなることはずっと前から分かってた。仕方なかった。それに、

「…あのまま一緒にいたら、ダメだったんだよ」
「ダメ?」
「あいつが不幸になる」

まあもうとっくに手遅れだったっつーか、出会ったその時から不幸っちゃ不幸だったか、あいつ。

あの時出会わなければ。助けなければ。もっと強く拒んでたら。はっきり突き放してたら。あいつの言葉に頷かなかったら。たらればばっかりだ。今までの時間も出来事ももう元に戻せないし変えることもできない。それならせめてこれからの時間くらいはあいつらしく生きていく方が幸せだろ。

「……これは、仮定の話だけど…」
「………」
「例えば、その、俺が荒北くんの後輩だとしたら」
「……したら?」
「そんな風に、俺のためにって理由で別れるのは、嫌だなあって」
「………」
「後輩とか、先輩とか、関係ないと思う。先輩だからって、かっこつけなくてもいいんだよ。俺は、もっと、対等な関係でいたい。思ってることとか、考えてることはなんでも話してほしいし、話したい。どちらかじゃなくて、ちゃんと二人が幸せになれる方法は、たくさんあると思うよ。でも、そのためには、みょうじくんが、もっと黒田くんに歩み寄らなきゃダメだよ」

静かな図書室に静かに響くこいつの声はひどく凛としていて、本人にそのつもりは無いだろうに、なぜだか無性に責められている気がしてならない。

「もっと信じて、頼って、甘えちゃえばいいんだよ。歳だって、一つしか変わらないのに。大人ぶらなくていいんだよ」

ぽんぽんと並べられた言葉に、苦笑いするしかなかった。

「…………お前さあ、」
「!」
「前はほんと無口ってイメージしかなかったのによく喋れるようになったな」
「あっ、そ、そうかな、だいぶマシには…というか、ごめんね!なんか、散々勝手なことばっかり…!」
「いいよ。俺のためだろ?ありがとう」

俺わりと本気で自分よりかっこいい奴はいねえって思ってたけどお前かっこいいよ。俺が女だったら落ちてたな。そう考えるとほんと勿体ねえよな。なんであんなブスと付き合ってんだろこいつ。残念極まりない。まあそれは俺もか。

どこかスッキリした様子で帰り支度を始めた無口。そういや調べもんはもうよかったのか?まさかこの話するためだけに図書室来たとか言う?そんな計画的なやつだったのかお前。

「…みょうじくん」
「なんだ、まだあんのかよ」
「……ぶ、」
「ぶ?」
「ぶ、ぶちかましてやれよ!」

突然全力で叫んだのはいつか聞いた台詞だ。思わず噴き出してしまうと、無口も安心したように笑った。変なやつ。

「人の台詞パクんなよ」
「ははは……じゃあ、俺行くね」
「おう。俺も」

行くわ、と鞄を持ったがそのまま出入り口のドアの方へ行ってしまった無口。なんでだよと思ったが、その疑問はすぐに解けた。

「………チッ…そういうことかよ」

代わりにすぐそばにあった本棚の陰から、恐る恐る出てきた黒田。しかも最後に見た顔と同じだ。また泣きそうな顔してる。まああん時はガチで泣いてたけど。

どうやらあの熱々カップルに一杯食わされたらしい。俺も、こいつも。無口はともかく荒北にまで上手い具合に転がされたと思うとすっげー腹立つわ。明日ポテト奢らせよ。

「……とりあえず座れば?」

久々にあいつにかけた言葉が、ほんの少しだけ震えていた気がした。







160719