奪われたのは自由と光と
(やんでれ注意)
一瞬何が起きたのかわからなくて、目が覚めた頃には、何も見えなくなっていた。
「なあ」
何か椅子のようなものに座らされていて、手はどちらも後ろに縛られていて、両足も椅子の足にくくりつけられている。身動きがとれない。
「そろそろ起きたァ?」
聞こえてくる声はどんどん近付いてきて、
「起きてるよな?」
「っ」
いつのまにか耳元に。
「ごめんなァ、こんな無茶苦茶しちまって…けど仕方ねえよな?あの時オメーが黙って逃げちまったのが悪ィんだもんな?」
最後に聞いた時よりも少し低くなっているけど、間違いなく、荒北くんの声だ。
「目ェ覚めてびっくりしたヨ。最初は黒田の仕業かと思ったけどあいつも寝てたからさァ。まさかあのお前がこんなに行動的だなんて思ってなかったぜ」
するりと髪をすくわれた。かと思えば、ツ、と頬に滑り落ちてきた指。遊ぶようになぞるように俺の顔を行ったり来たりするそれが恐ろしくて、知らず知らず息が上がっているのがわかった。
見つかってしまった。捕らえられてしまった。おまけにこの状況。どうしよう。ここがどこなのかもわからないし、荒北くんが今どんな顔をしてどこに立っているのかもわからない。何も見えない。何もわからない。ただただ荒北くんの気配と、息遣いと、指先の体温しか感じられない。
「…怖い?震えてる」
「ひっ、」
指が、手が、首筋に触れた。
「ハッ!ビビりすぎだヨ」
バァカ、と、懐かしい彼の口癖とともに唇を塞がれた。それが優しくて、ひどく熱くて、もうどうしたらいいのかわからなくて、知らないうちに泣いていた。溢れる涙を目隠しがどんどん吸いとっていく。
口内に絡み付こうとしてくる舌から必死に逃げようとしたけど出来なくて、逆に逃がすまいとさらに強く顔を掴まれたから、その拍子に目隠しがずれて外れた。やっと解放された視界一杯に広がる、荒北くんの顔。目を細めて、まるで愛する恋人にするように、俺を見つめている。そのくせ体の拘束を解くことなんてしようとしない。アンバランスなこの状況が怖くて仕方なかった。
やがて離れた唇は、ひどく楽しそうに歪められている。
「……ひっさしぶりだネ、キスするの」
「…っ…ぁ、ら、北、くん、」
「もう二度とできなくなったらどうしようって思ってた。けど、もうこれからは毎日嫌になるくらいたくさん、できるネェ、いろんなこと」
「いっ、あ…!」
がぶりと首筋に噛みつかれた。痛みよりも恐怖が勝って、また体が震える。まるで獣の甘噛みのようなそれはしばらくすると終わったけれど、荒北くんの妖しい笑顔は変わらなかった。
「…どうして、こんな…」
「どうして?それはオメーが一番わかってんじゃねえのォ?」
「………逃げた、から?」
「んー、まあそれもあるけど。ほら、こうしてれば安全じゃナァイ?ずっと俺のそばにいれば、もうなにも危険なことなんてなくなる。黒田からだって離れられるし、そうでなくても最近世の中物騒だろ?だからもう外に出ない方がいいと思ってさァ。こうしようってのは見つける前から決めてたんだヨ。じゃねえとまた俺の手から離れちまうし。勝手に外に出て、危険な目に遭うんじゃねえかって不安もなくなる。俺も安心してオメーのこと守ってやれる。良いこと尽くしだろ」
言葉が出てこなかった。彼は、本気でそう言っているのだろうか。本気で、俺を守ろうとして、こういう行為を行っているのだろうか。
もし本気なのだとしたら、もう彼の精神状態は異常だ。あの頃以上に。
「前にも言ったろォ?俺だけはお前の味方だって。命賭けてやるって。だからさァ、もうなんにも心配しなくていいから。なんにも見なくていいから。俺が全部全部包み隠してやるから。怖いことも嫌なことも辛いことも悲しいことも汚ないことも全部全部全部全部、見なくていいから」
瞼に落とされた唇はやっぱり熱くて、でも、告げられた言葉は背筋が凍るほどに残酷で身勝手だった。
「あの頃も今も変わらねえ。これからもだ。一生一緒にいようネ、なまえ」
愛してる。その一言を最後に、俺の視界はまた遮断された。
160608