▼ 8
文化祭まであと一週間。準備は着々と進んでいて、あとは何度か通して練習すればまあ当日までには間に合うだろうというところまできている。なんだかんだで順調だなァと足を開いて座っていたら女子に怒られてしまった。今日は衣装を着ての練習だからスカートを穿いてるんだけど…いろいろキツいなこれ…やっと台詞合わせに慣れてきたってのにやっぱりスカートはキツい…フリフリだし…
「きゃあああー!」
「!」
「待って待ってちょっと待ってみょうじくんマジ王子じゃん!」
「ヤバイってこれ」
「写真撮ろーなまえくーん!」
本日何度目かの舌打ちをした瞬間、女子の悲鳴にも似た声が上がった。何事かと思えば、王子役のみょうじの登場だった。笑っちまうくらいに似合ってやがる。そら女子もキャーキャー叫ぶわなあとその光景をぼんやり眺めていると、女子のリアクションに苦笑いしながら少しずつこちらへ近付いてくるみょうじ。
「ど、どうかな、荒北くん」
「…いーんじゃナァイ?つか女子の反応見たら一目瞭然だろ」
「そっか。変じゃないなら、よかった。荒北くんも、似合ってるよ」
「嬉しくねえ」
「あっ、ご、ごめ…!」
わたわたと慌てふためくみょうじを鼻で笑ってやった。
結局のところ、いつの間にやら自然に以前通りに戻れた俺たち。というか、何もなかったみたいに接した俺の態度を見てこいつも空気を読んでくれたという方が正しいか。ぶっちゃけあの時の件についてはまだちゃんと話し合えてねえ。でも今はこうして普通に接することが出来てる。ならもういいじゃねえかと、無理矢理自分を納得させようとはしてみるが、
「文化祭、もうすぐだね」
「だなァ。緊張しすぎて台詞飛ばすなヨ」
「が、頑張るよ!」
「おう」
前までなら、なんにも考えずに少しばかり高い位置にある頭を乱暴に撫でまわしてたのにな、とか
「演劇部門、1位とれるといいなあ」
「オメーの頑張り次第だろ。王子パワーでなんとかしろヨ」
「王子パワー…?」
「適当にニコニコしてりゃいいってことだっつーの」
「そ、そんなので1位とれるの?」
「とれるとれる」
こんな愛想笑いじゃなくてもっと自然に笑い返せてたのにな、とか、もっと顔見ながら話せてたのにな、とか、前は当たり前のように出来てたことが急に出来なくなった。あからさますぎるほどに。それでも何も言ってこないのは、こいつが優しいからだろう。
このままずっとそれに甘えてるつもりかよ、俺。
「あ、」
「!」
不意に声を漏らしたみょうじの視線の先には、廊下からこちらを見ていた新開がいた。窓側の場所にいた俺たちを見て笑ってる。スッと挙げられた手はきっとこいつを呼んでるんだろうな。みょうじも嬉しそうにそっちへ向かおうとした。
「……っ、え」
後ろへピンッと張ったマントを見て、それまで衣装合わせや台詞確認でざわついていたクラスメートみんながキョトンとしている。
「…あ、荒北くん…」
ほとんど反射的に掴んでいたマントの裾から、徐々に視線をあげると、みょうじの驚いたような顔と目が合った。何してんだろうな俺。自分でもビックリだわ。
第三者の俺が割り込んでいい関係じゃなくなっちまったことは十分わかってる。けど、やっぱり、このまま黙って引き下がるなんて出来なかった。もう惨めだろうがカッコ悪かろうが馬鹿げてようがなんでもいい。他人の目なんて関係ねえ。
「…………行くなよ」
だって俺は今だってこいつがどうしようもなく好きだから。
一切視線をそらさずに、一言だけ告げた。まるで蚊の鳴くような声。周りは気付いていないけど、目を見開いたみょうじにはちゃんと届いたらしい。
どうせ無駄な抵抗だなんてことはわかってる。ただ、ほんの少しでいい。俺のこともちゃんと意識してろっていう悪あがきみたいなやつだ。それでも、これでようやく一歩前進したって感じだぜ。
「…つってなァ。冗談だヨ」
馬鹿にするように笑いながらそう言って、握り締めていたマントの裾を離した。
「……ごめん新開くん!あの、ちょっと、打ち合わせあるから、ごめんね!」
「は?」
なのに、そう叫んで新開に手を振ったこいつは、また俺の隣に座り込んだ。
「…お前、」
「え?あっ、え、あれ、俺の聞き間違いだった…?」
「………もういいヨ、バァカ」
もう、マジで、なんなんだろうな、こいつ。俺のことおちょくってんのか。なんにも知らねえふりして、バカにしてんのかってくらい、いつも俺の欲しいものをくれるんだ。
(心臓辺りが甘く痛んだ)
160610