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「なまえのやつ、嬉しそうに話してたぜ。荒北くんが白雪姫役なんだーって」
「そーかヨ…」
廊下で会った新開は相変わらずの爽やかな笑顔を浮かべてそう言った。嬉しそうにってなんだよ…素直に喜んでいいのかそれは。まあ決まった瞬間もにこにこポヤポヤ笑ってたし、嫌ではなかったんだろうけど。
意外だったのはクラス全体の反応もまあまあよかったってとこだな。自分であんなこと言っときながらオーケー出してもらえてビビったからなマジで。もっと女子からクレーム来たり男子から野次られたりってのを覚悟してたんだけど。すんなり決定だった。逆に怪しいけどまあ順調に進んでるらしいしあんまり気にすることもねえか。台詞多いし女装しなきゃいけねえし面倒なことも多いけど、文化祭が終わるまでの辛抱だ。
「聞いた時ビックリしたよ。まさかおめさんがそこまでやるなんてさ」
「っせーヨバァカ。仕方ねえだろ、放ってたらとんでもねえことになってたかも知れねえんだから」
「とんでもねえこと?」
「知ってんだろォ?あいつめちゃくちゃモテるって」
「ああ、そういうことか」
「つーかそれしかしねえだろ」
「意外とちゃんと考えてたんだな、靖友」
「ハア?意外とって…ケンカ売ってんのかテメー」
「いや、俺はてっきり自分のためにそんな選択をしたのかと」
「っ、」
ニヤリと笑ったこいつはきっと全部気付いてやがる。ノーマルといい新開といい、本当どいつもこいつもいい性格してるなちくしょう。
「……だ…だったらなんだヨ…!」
「お、これまた意外な反応」
「ああ!?」
「開き直るとは思ってなかったからさ」
「ハッ、隠してもどうせバレてんだろめんどくせえ…」
「その思いきりのよさはいいと思うぜ」
つーか、その下心に気付いててなんでこんな普通に会話してんだ。卑怯だとか思わねえのかな。
『まあなんにせよ、今度は負けねえぜ』
以前そう宣戦布告してきたこいつは、たしかに俺と同じ気持ちのはずなのに。
「…いいのかよ」
「え?なにが?」
「なにがって、そりゃあ…」
「……ああ、俺のこと気にしてくれてるのか?それならするだけ無駄だぜ」
「!」
「やり方なんて人それぞれだし、それを僻んでる暇があるなら別の手を探すさ。言ったろ?俺はライバルなんだぜ?」
相手のことなんか気にせず、やりたいようにやっちまえばいいのに。笑いながらそう言った新開。そう、なのか、俺が気にしすぎなのか?まあ責められたところで今さら退くわけにもいかねえんだけど。
「その代わり、俺もいろいろやらせてもらう。僻みっこなしだぜ?靖友」
「……おう、望むところだヨ」
「まあ、もうそんなことする必要もないんだけどな」
「おう……は?」
「な?なまえ」
そんなことする必要がない?それは、どういう、ていうか、なまえって、
ゆるりと振り返ると、そこには顔を真っ赤にして新開を睨み付けていたみょうじがいた。
「し、ん、かい、くん…!」
「っ、みょうじ…?」
「はは、なんだよそんな怖い顔して」
「わ、分かってるくせに!」
「おっと」
珍しく大きな声を出したかと思うと、そのまま新開の腕を引いてそこから走り出したみょうじ。一連の流れをただボーッと見つめることしかできなかった俺。あれ、なんだこれ、すげー嫌な胸騒ぎが。
『もうそんなことする必要もないんだけどな』
新開のさっきの言葉と、みょうじのあの態度。それはつまり、
「………嘘だろ?」
もうあの二人は、付き合ったって、ことか?
(答えてくれる人間はいない)
160602