連載短編 | ナノ


▼ なんだかんだで

「まだですか」
「まだ」
「長くないですか」
「まだ」
「俺もう待ちくたびれました」
「まだ」
「………」
「………」
「……みょうじさん…」
「しつけえなまだだっつってんだろ」
「だって5分以上待たせるから!」
「10分も待てねえ奴なんかと付き合ってられるか別れるぞ」
「分かりましたよ待ちますよ待てばいいんだろ!?」
「なんで俺が逆ギレされなきゃいけねえんだよ…」

ぶつぶつ不貞腐れながら俺のベッドに寝そべる黒田を軽く睨み付けてから、もう一度机と向かい合わせになる。頑張って課題を消化中の俺に対してこの仕打ちである。ずいぶん偉くなったもんだなこのクソ黒田め。本当の主導権がどちらにあるのか思い知らせてやろうかコラ。こちとらお前がその気ならいつでも別れてやってもいいんだからなコラ。

しかしまあ最近のこいつはだいぶ成長した方なんじゃないかとは思う。初めて部屋に来た時はずっと忙しなくてウザかったし部屋に慣れたかと思えば人が用事してる時でも構わず抱き着いてきてウザかったし、終わるまで待てって命令したらしたでベッド占拠してウザかったしそのまま一人でいかがわしいことやりだそうとした時には無理矢理放り出した上に三日くらい口聞いてやんなかったからな。

それが非常に効果的だったらしく、今では渋々大人しく(文句は言ってくるが)待てるようにはなった。だいたい毎晩毎晩来てんじゃねえよ暇人かよ練習で疲れてるんだろうから一日くらい部屋でゆっくりする時間作れよ…と言ったところでどうせみょうじさんといると疲れがとれるからこれでいいんですぅ〜とかいうふざけた答えしか返ってこないんだろうな。その分なんの部活動もしてない俺の方が疲れるんだぞなにこれおかしい。

「……っし、終わった!」
「!」
「あとはこれ写して…」
「みょうじさん!」
「………んだようっせーな…」
「終わったんでしょ。ほら」

頭を掻きつつ黒田の方へ視線を移すと、ベッドの端へ移動して空けたスペースをバンバン叩いて俺を見ている。お前何様だよその態度。あとお疲れさまでしたが聞こえなかったんだけど?俺に対しての労いは一切なしですかそうですかよし殴る。

「…もうちょい空けろよ。狭い」
「ぎゅうぎゅうになれば入れます」
「あちーんだよ!もう何月だと思ってんの?五月だよ?馬鹿なの?蒸れるし」
「五月でこれなら夏はどうなるんスか!?俺嫌ですよ密着禁止令とか出されてもガン無視ですよ!」
「いいじゃねえか別に…その代わり冬になったら離れるの禁止令でも出してやるよ」
「えっ、あ、それ、それはヤバいっス」

みょうじさんってば大胆…なんてほざく黒田の頭を一発ぶん殴ってからベッドに入った。くそ、やっぱ狭い。邪魔だもっとそっち寄れと蹴りを入れると逆に足を絡めてきやがった黒田。暑い。

何が楽しいんだか、俺の耳たぶをぐにぐに触ってくる。うぜえ。睨んでみたものの黒田のニヤニヤ顔は変わらない。黙ってれば俺に負けず劣らずイケメンだと思うんだけどなこいつ。ほんと残念な奴。

「穴」
「は?」
「はやく塞がればいいのに」
「なんで」
「知ってるんですよ。女の人から貰ったピアスつけてるんでしょ」

にやけ顔から一変、不機嫌そうな顔になった。自分で話振ってきてそんな顔するとかほんとめんどくせえなこいつ。つかなんでそこまで知ってるんだと一瞬思ったけど黒田相手に隠し事なんか通用しないというのはこいつと関わり出してから嫌でもわかったことなので今さらつっこむだけ無駄だろう。

「…なら新しいの買えよ」
「!」
「そしたら昔のつけずに済むだろ」

なんて言ってみたところで部活一筋のこいつがそんな装飾品買うほどの金持ってるようには見えねえ。でも俺のためだなんだっつって無理するんだろうな。あー、くそ、余計なこと言っちまった。

「……つーのは冗談。もうつけねえから、気にすんな」
「…本当ですか?」
「どこぞの嫉妬深い黒猫がうるせえからなー」

ため息混じりにそう言うと、不機嫌だった顔が少し驚いた顔になって、ぱあっと明るくなった。コロコロコロコロ子どもみたいに顔変えやがって。そんなフル活動で表情筋疲れねえのかな。

「黒猫…」
「猫なんだろお前」
「猫、可愛いですか?好きですか?」
「好きだよ」
「女の人より?」
「可愛い可愛い」
「俺は?」
「…んー、」
「ねえ、みょうじさん、俺は?可愛い?好き?」
「好きでもねえ野郎なんかとこんな密着するわけねえだろ」
「ちゃんと言ってくれなきゃわかんねえっス!」
「(めんどくさっ)あーはいはい分かりましたよ好きですよ黒田雪成くんが」
「〜〜〜〜っ!」

途端に口をパクパクしてふるふる震える黒田。棒読みなのに。単純かおい。

「俺も好きです!」
「知ってる」
「はあっ、みょうじさんが、好きって、俺のこと、好きって、言ってくれた…!」
「お前がしつこいからだろ…ぐえっ」

一瞬で目の前が真っ暗になった。無駄に硬い胸板に顔面を押し付けられてる。痛いし暑いしなんも見えねえ。抵抗しようにも腕と足でがっちりホールドされてるしなあ。どくどくって馬鹿みたいにうるさく鳴ってる心臓の音がよく聞こえる。あと、なんだ、頭に顎刺さってるなこれ。このまま思いっきり頭突きしてやろうかこの野郎。

「もっかい言って、みょうじさん。もっと聞きたい。俺のこと好きって。ほら。早く」
「ぐっ…あ、ついし、喋りにくいわ、馬鹿か…!」
「ああ、すいません」

平謝りしたかと思うとほんの少しだけ間を開けてくれた黒田。舌打ちしつつ顔を上げると、待てをくらってる犬みたいな顔した黒田と目が合った。猫なのか犬なのかはっきりしろよなお前。

「はい、どうぞ」
「どうぞじゃねえよ…つかマジで暑い。限界。どけ」
「愛してるよ俺の雪成っつってくれたら離します」
「アイシテルヨオレノユキナリ」
「棒読みはカウントしません」
「さっきはスルーしてただろお前!」
「はい、もう一回」
「めんっどくせええええ…………じゃあもういいよこのまんまで」
「えええええええええ!!ズルいっスよそれ!!」
「うるせえ知るか」

どんだけ言いたくないんスかーだの一回だけでいいのにーだのギャーギャーやかましい黒田を完全スルーして目を閉じた。

好きだのなんだの言ってくれなきゃ分からねえって不安だってんなら、この状況下で無防備にも寝ようとしてる俺を見て察しろこの馬鹿。



160414

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