連載短編 | ナノ


▼ ビフォーアフターはほどほどに

(10年後の黒田がやって来た)


「…………あ?」

寝起きにも関わらず頭がパッと冴えたのは目の前で眠るこいつの異変のせいだ。なんか、髪型、変わってね?髪伸びてね?

(いや、いやいやいや、髪型どころかなんか、体格も、大き…ああ…?)

なんだ。なんだこれ。俺と同じベッドで寝ている黒田が黒田じゃない気がする。でもよく見慣れた銀髪もおぼこい寝顔も俺にしがみついてる体勢もいつものあいつと同じだ。ただ、いつもよりもほんの少し、なにかが違う。圧倒的にここが違う!と断定できるわけではないのだが、うーん、まあ、多分、

「……夢だな」
「夢じゃねーよ」
「あ!?」

独り言のつもりが低い低い声が返ってきた。かと思うと一瞬で抱きすくめられて身動きが取れなくなる。なんだこいつ、やっぱりおかしい。声変わりか。いやそれだけじゃねえだろ明らかに体おっきくなってんだろこれやべーよなんの突然変異だよこえーよ。

「つーか、え、マジで、誰」
「誰ってひっでえ。俺だよなまえさん、雪成」
「…俺の知ってる黒田雪成くんは俺にタメ口使わねえしそんなに体大きくなかったし俺のこと名字で読んでるからつまりお前は」
「いーや、黒田雪成だよ」
「いっ、」

ぐいんと顔を掴み上げられた。

「正真正銘、あんたの、雪成だよ」

そうだと思えばそうなのかもしれない。けど、なんだこの違和感。笑ってるのに笑ってないみたいなそんな顔、俺の前で見せるようなやつだったか、お前。

「…ま、納得できないのも無理ねえよ」
「あ?」
「俺多分タイムスリップみたいな感じでこっち来ちゃったから」
「……やっぱり夢か」
「夢じゃねーって。なまえさん今何歳?」
「20」
「20歳!通りで若いわけだ」
「はあ?お前さっきから何言って…」
「俺、29歳」
「…………」

(にじゅう、きゅ…歳上?え、は、とし、)

あからさまに混乱しちまった俺を見てクスクス笑う自称俺より歳上の黒田。待て待て待ておかしいおかしい。落ち着け。まず、これがマジで夢じゃなくて現実だとする。まあ大前提として夢でもおかしくないようなカオス過ぎることが起きてるんだがこの際そこは目を伏せておこう。で、タイムスリップっつってたな。たしかに本当に10年くらい先の未来からやって来ました〜とか言うなら今のこいつの見た目や態度の辻褄も合う。体格だけじゃなく態度までそれとなく大きくそしてさらに生意気になっているのが気になるところだがまあそこも目を伏せておく。

問題はどうしてそんな摩訶不思議な状況になったかだ。

「…その顔、一応信じてくれんだ」
「本当にお前が黒田なら俺の空より広く海より深い心の持ち主だって知ってんだろ」
「はははは」
「てめえ」
「まあ俺にもなんでこうなったのか検討もつかねえんだけどさ」
「なんだよお前自発的にこっち来たわけじゃねえの?」
「ああ。気付いたら明らかに俺の知ってるなまえさんより若いなまえさんの横で寝てたからすげえビビった」

何が嬉しいんだかにこにこ人懐こく笑いながらそう話す黒田に苦笑いした。つーことはもとの時代に戻る方法なんざ知るわけねーわな。

「…仮に本当にお前がタイムスリップしてきたとして」
「仮じゃねえって」
「うるせえ。それで、この時代の黒田はどこ行ったんだ?入れ代わったってことか?」
「あー…わかんねえけど、多分そうかもな」
「ふーん……つーかタメ口なんかムカつく。すげえ違和感」
「俺こそ違和感だらけだよ。違和感っつーか…懐かしい」
「懐かしい?」
「あんたとこうしてダラダラ喋って、くっついて、笑って…そういうことできるの、少なくなってきてたから」

背中に回された腕はいつもより力強くて逞しい、気がする。切なげに笑うこいつと未来の俺はどうやらあまり順調ではないらしい。今から10年後ともなると恐らく仕事も軌道に乗って忙しさからすれ違いが生じて、みたいなありきたりな展開だろうか。

それでもタイムスリップによって俺のベッドにいたっつーことは、まだ繋がってはいるってことだ。

「……大丈夫だよ、俺、あんたと離れるつもりねえし」
「お前の方なんざ心配してねえよむしろ未来の俺の方心配してろ」
「そっちも大丈夫。なんだかんだで死ぬまでずっと一緒だから、俺たち」
「10年経っても相変わらずなんだなお前…ある意味安心したわ…」

いやでも10年先の未来が心配になってきた。俺少なくともあと10年はこいつと一緒ってことなんだろ?精神的にも体力的にもとんでもねえことになってそうなんだけど。若ハゲとか大丈夫かな俺。

とりあえずそろそろ起きねえと。絡み付いていた黒田の腕をやんわりほどこうと体を捩った。

「…どこ行くの」
「腹へった。朝飯」
「まだ早いって。もうちょいこうしてようぜ?」
「早くねーよむしろ遅いわ。もう10時じゃねえか」
「仕事?」
「休みだけど」
「じゃあいいじゃん」
「何がいいんだよ」
「なまえさんから離れたくない」
「この時代の黒田からなんも成長してねえぞお前」

10年間何してたんだと呆れつつ腕を剥がす力を強める。一先ず朝飯食っていろいろ状況を整理して、なんとか元に戻す方法を…

瞬間黒田の腕が簡単に剥がれて、代わりとばかりに首元に噛みつかれた。

「っ、やめろボケ!」
「んっ、ふ…やだ」
「ざっけんな!」
「っ!」

思わず足を出してしまったが完全に黒田が悪いので気にしない。仰け反った隙にベッドから離れて洗面所へ走った。

「……最悪…」

鏡にきれいに写った首筋のキスマークに頭を抱えた。今日休みでよかったマジで。とりあえずあいつ100回殺す。

「きれいについた」
「死ね」
「なんでそんな怒るんだよ」
「キレるに決まってんだろ人目につくとこは絶対やめろって死ぬほど忠告してるだろバカ黒田」
「…そんなこともあったっけか」
「は」
「まだそんな生ぬるいことしてんだな、あいつ」

あいつ、というのはこの時代の黒田のことだろうか。

「…それ、どういう」
「なまえさん」
「!」
「未来変えようなんてバカな真似、考えんなよ」

にーっこり。背筋がぞわぞわするような、綺麗すぎる笑顔にゾッとした。言葉の意味がわからず答えあぐねていたらそのまま壁に体を押さえつけられて、そこでようやくはっきりと体格の差に気付かされる。圧倒的不利だ、これ。

まず始めに未来を変えるなんてそんな大袈裟なことできるはずがないだろってのが頭に浮かんだ。けど待てよ。今現在わかってる未来っつーのは俺と黒田がまだ付き合ってるってことだけ。つまりその未来をかえるっていうのは、まあそういうことだ。

「…この状況でその言葉が出るってことは、なんかあったんだな、俺たち」
「さあ?どうだろうな」
「……なんにせよもうこれ以上俺に触れんな」
「は、何それ。俺たち付き合ってるのに」
「そんなもん関係ねえ」

たしかに時間差があれど恋人同士なのは事実だ。けど俺の知ってる黒田の何億倍もクソ生意気なその態度が気に入らない。それに、

「俺が惚れてんのはお前じゃなくて、こっちの黒田だから」
「……へえ…?」

黒田の目が細くなった。やっぱりこいつなんかおかしい。よし来るかと身構えた瞬間、パンっと弾けた音がした。

「…あ、」
「………」
「……く、黒田?黒田だな?」
「……みょうじ、さん…」
「あ、やっぱり黒田だ」

音と共に少し縮んだ黒田は昨日まで俺と一緒だったバカ黒田だ。よかった、ちゃんと帰ってきたらしい。結局何が原因だったのかはわかんなかったけど、とりあえずまあよく帰ってきたなと声を掛けて、首をかしげた。なんだこいつ、様子がおかしい。

「……黒田…?」

なんでお前、そんな泣きそうな顔してんの?














「なーんだ、もう戻ったのか」

目を瞬かせた途端、そこには見慣れた景色が広がっていた。あの懐かしい威圧的ななまえさんともう少し遊びたかったけど、戻ってきたなら仕方ない。

「なあ、なまえさん」

名前を呼ぶと震える体。悔しそうに歪んだ顔。隠しきれずに恐怖を浮かべる瞳。

全部全部俺が作った、可愛い可愛いなまえさん。俺は過去と未来どっちのあんたも愛してるのにな。昔の俺も、きっとそうだったんだろ。

「昔の俺、優しかった?」

だから俺の姿を捉えるその瞬間まで、珍しく笑ってたんだろ。

「俺以外に見せんなよ、あんな顔」

たとえ同じ“俺”だとしても許さない。優しく笑って、思い切り手を振りかざした。 





170319

prev / next