連載短編 | ナノ


▼ 愛情表現(本人談)

(「おねがい」後のおはなし)
(お下品です)







先日の連休明けからユキの様子がおかしい。そう感じていたのは僕だけではなく、葦木場や真波といったインハイメンバーを始め、自転車競技部のほぼ全員が同じ思いを抱えていた。チームのまとめ役で、頭脳で、時に鋭いツッコミ(主に葦木場に対して)を交えながら全体を鼓舞する我らが副主将が明らかにおかしい。

「……塔一郎、疲れたからそろそろ切り上げていいか?」
「ジャージを羽織っただけでまだバイクにも乗ってないじゃないか!」

おかしいというかヤバイ。疲れたって、ついさっきロッカールームに入ったところだろう…いやたとえバイクに乗っていたとしても早すぎるしまずそんなことを自ら言うような人間ではない。疲れていてもそれを見せないしなんならこちらが帰らせようとしても帰らず練習するくらいの男だ。そうだったはずなのに、明らかに、おかしい。極端に言うとこれはユキの皮を被ったなにか他の人間なのではないかとまで思ってしまうほど。葦木場はあわあわと僕とユキを交互に見渡し、真波と悠人はまたやってる〜と笑っている。今日もダメかなんて言いながらため息を吐いたユキに思わず頭を抱えてしまった。ため息を吐きたいのは僕の方なんだが。

ユキがこのようになってしまった原因はもうわかってはいるが、詳細までは知らない。連休明けからもう三日。今日こそ、その詳細を問いただそうと意を決した。

「………ユキ、」
「帰っていいのか?」
「違う早まるな。そうじゃなくて……ふう、単刀直入に聞こう」
「あ?」
「その……みょうじさんと何かあっ」

たのか、と続けるつもりが、それは一瞬で鋭い視線をこちらへ飛ばしてきたユキによって遮られてしまった。び、ビンゴか…ビンゴなのか…さっきまで死にかけてたくせに…

そう、前回の連休中に鹿児島へ行くのだととても嬉しそうに話していた(言いふらしていた)ユキ。それはよかったな楽しんで来るんだぞと苦笑いしながら送り出した。その時はきっとまたいつものように上機嫌で延々のろけ話をしてくるんだろうなあと呑気に思っていたのに、ユキはまるで真逆の状態で練習に顔を出したのだ。なのでこうなってしまった原因は絶対にみょうじさん絡みだろうと踏んではいたのだが今日までなかなか切り出せなかった。そうして今ようやく切り出せたものの、これは、話してくれるのだろうか。顔がすごく怖い。葦木場は小さく悲鳴を漏らしていた。

「………された…」
「えっ」
「…拒絶されたんだ…お、おれ、あの人に、きょぜつ、されたんだ…!」
「え、ちょ、ちょ、ゆ、ユキ!待て!落ち着くんだ!」
「うわああああああああああああああああああああああ泣かないでユキちゃああああああああああああああん!」
「葦木場さんまで泣きそうですよ」
「拒絶ってなんスか?フラれたってこと」
「やめろ悠人これ以上傷口を抉るな!」
「ユキちゃんフラれちゃったの!?」
「こら葦木場!!」
「フラれてねーよ拒絶されただけだよフラれてたら練習どころか学校来てねーよ退学してるよむしろフラれた時点でショック死してるよ話飛躍させてんじゃねーよなんでもかんでも大袈裟に世間話する大阪のおばちゃんかよ…」
(おお、いつもよりキレがないとはいえやっとツッコミだした…!)

どうやらこの様子を見る限り、ユキも誰かに吐き出したかったのかもしれない。たしかにフラれたとなると学校にすら来ていなかっただろう。しかし拒絶されたとなるとなかなかの事件が起きたに違いない。

「それで、何を拒絶されたんだ?」
「セックス」
「ぶふっ」
「え」
「だからセッ」
「わかった聞こえてたから復唱するな!」
「倦怠期ですか?」
「わかんねえ…なんにも変わったことしてねえのに…多分」
「多分?」
「いつもみたいに押し倒してキスしようとしたら、もう嫌だって言われて…」
「………フラれ」
「真波!!」
「結局その日なんもしねえまま寝て、次の日もなんかギクシャクして、そのまんま帰ってきて、メールも電話も一切なくて…!」
「いやそれ完全にフラ」
「悠人!!」
「ゆ、ユキちゃんからは連絡してないの…?」
「ダメージ大きすぎてできてねえ」

ですよねー…と全員が苦笑いした。何事かと思えば、まさかそんなことがあったなんて。ユキの口ぶりからして別れたわけではなさそうだが、それでもそのあからさまな拒絶自体にショックを受けているんだろう。何か気に入らないことがあったのか、ユキが無理強いをしたのか…後者についてはそうでないことを強く願うが、みょうじさんの心がわからないのでは解決法が見当たらない。しかし、

「…ユキ、怖いとは思うが、とりあえず連絡を取ってみるべきじゃないか?」
「………けど…」
「塔ちゃんの言う通りだよ!まずは話聞いてみなきゃ!」
「みょうじさんって人も、理由もなにもなしに黒田さんのこと嫌がるとは思えないですしねー」
「このままズルズルダラダラしてたら、それこそマジで別れるってことになっちゃいますって」
「………お前ら、」


「黒田さん!」
「!」

なんとかユキの気持ちをもり立てようと言葉をかけていたら、大きな声と共にロッカールームのドアが開いた。

「あんたに客だぜ」
「ちょっ、いた、痛いって、なんなのお前乱暴すぎだろこれだからチャリ部は…あ?」

声の主は銅橋で、その銅橋に腕を引かれる形で入ってきたのは

「…ぇ、あ……みょうじさん…?」
「お、おう…え、なに、なんでこんな集まってんの、こわ」

どこか居心地が悪そうな顔をしたみょうじさんだった。途端にユキの目に光が戻って、しかしまたすぐにしょぼんと肩を落としてしまう。たしかに拒絶事件以来の顔合わせだ、困惑やらショックやらで話しづらいのかもしれない。それでもせっかくわざわざ鹿児島から会いに来てくれたんだ。突然の訪問には僕たちも驚いたが、それはつまりみょうじさん本人も例の事件について少なからず申し訳なさを感じていたからだろう。

チャンスだぞユキ、とこっそり視線を送ると、彼は恐る恐る口を開いた。

「し…仕事は…」
「…無理言って有給もらった」
「……なんで」
「お前が連絡してこねーからだろ」
「………」
「あんだけ毎日毎日キモいぐらいメールやらなんやら送ってきてたのが急に止んだらそりゃ心配すんだろ」
「………すみません」
「…や…まあ、今回のは俺が悪かったし…」
「……俺、なんか嫌なことしました…?」
「……してねえ。ただ単に仕事で疲れてたからそんな気分じゃなかったってのと、」
「………」
「…あと、なんつーか…お前、来たらいっつもそればっかじゃん。だからなんか、こう…そうじゃねえってのはわかってんだけど、ほとんど、ヤるためだけに来てんじゃねーのって思って…」

小さくなっていく声はきっと本心なんだろう。もちろんユキはそんなつもりで会いに行っているわけではない。それはみょうじさんも本当はわかっていたはず。

好きだからこそそういう不安が募っていたのかもしれない。よかった、なんとか解決できそうだと安堵した瞬間、椅子に腰かけていたユキが勢いよく立ち上がった。え。

「…なわけ…ないでしょ…!」
「……わかってる。だから」
「俺はヤりてえからあんたと付き合ったんじゃない!あんただからヤりたいんです!」
「わ、わかってる。重々承知して」
「だいぶ前にも言ったでしょ俺どっちの初めてもあんたにあげたんだって!俺だって別に年がら年中セックスしてえなんか思ってねえよ発情期の猫やら猿やらじゃあるめえし!」
「おう、あの、く、黒田」
「それでも風呂上がりのみょうじさんとか眠そうなみょうじさんとか目の前に出されたら我慢できなくなんだよただでさえ毎日毎晩あんたのこと思い出しながら一人でヤってんのに!俺のこれは一種の愛情表現なんです好きとか愛してるとかそういう言語表現じゃもう足りねえんだよ追い付かねえんだよ今だって来てくれたの嬉しすぎるし泣きそうだし好きだしこないだ抱けなかった分も含めて抱き倒したいし!」
「ごめん黒田あのほんと悪かったごめん俺が全面的に悪かったわ全身全霊込めて謝罪するからもう黙っ」
「もういいです謝罪なんかいらねえからとりあえず抱かせてくださいみょうじさんの可愛い顔見てえし可愛い声聞きてえし触りてえし触ってほしいしなんかもう無理ですみょうじさん好き!」
「語彙力!」
「撤収!ユキ以外全員今すぐ撤収!!」

その後なんとか二人きりで話し合い(強調)をさせた結果、無事仲直りさせることが出来たとか出来なかったとか。






161101

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