連載短編 | ナノ


▼ ゆめをみているだけなのだ

(ブログの年齢操作ネタより)




いつもよりも高い位置にある弟の顔からなにかが落ちてきたのがわかった。それが涙かもしれないと思い、咄嗟に大丈夫かと言葉をかけた途端、大きな体に抱きすくめられてしまった。

「…ゆ、きな、り…?」
「ごめ…なんでも、ねえから…っ」

なんでもない。ごめん。それを繰り返しながら、自分よりもすっかり大きくなってしまった雪成はただひたすら自分を抱きしめる。ただでさえ突然変異が起きた弟に対して困惑していたのに、この状況である。なまえはどうすればいいのかわからず、それでも、いくら姿が変わっていようとも、弟であることに変わりはないからと、とにかく雪成の涙を止めてやりたいと思った。

「……どうしたんだ、ゆきなり。しんどいのか?かなしいのか?くるしいのか?」

だいじょうぶだよ、兄さんがついてるから。だからなかないで。だいじょうぶだよ。

そっと背中に腕を回して、ぽんぽんと優しく叩いてやる。小さな雪成が悲しい時、淋しい時、甘えたい時、いつもそうしてあげていたように。

「……るしい」
「ん?」
「…くる、しい…ずっと…」
「ずっと?どうして?なにかいやなことがあったのか?」
「……なまえ…兄さん、が、」
「うん」
「兄さん…兄さんが、好きで、苦しい」

ぽつりぽつり溢れていく掠れた声。好きだから苦しいとは、どういう意味だろうか。幼いなまえにはその言葉の意味も雪成の気持ちも理解が難しかった。

「す、きすぎて、苦しい」
「……それは…」
「すき、すきなんだ、おれ…にいさんのこと、すきなんだ、それだけなんだよ、おれ、ほんとに…」
「…しってるよ?」
「!」
「だって、おれもゆきなりのこと、すきだから」

なまえにとって雪成はかけがえのない唯一無二の存在で、それは雪成にとっても同じだった。いつだって互いが互いを必要としていて、守るべき存在で、愛でるべき対象で、世界でたった一人の可愛い可愛い弟。そんな雪成を拒む理由も嫌う理由も何一つ存在しない。なまえにとってそれはすべて当たり前のことだった。だからこの大きな雪成が何に対して苦しんでいるのかがよくわからない。

「………ほんとに…?」
「ほんとだよ」
「…お、れの、こと…ほんとに、すき?」
「うん、すきだよ。だいすきだよ」

だからもうなかないで。そう言ったけれど、その言葉に反してさらに泣いてしまった雪成。ぎゅうぎゅうしがみつくように体を抱きしめてくる雪成が少しでも安心できるように、なまえはたくさんすきだよと言葉をかけた。












「…あの…雪成、」
「…………」
「……そんなに引っ付かなくても、もう逃げないから…」

完全にムスッとした顔をして俺を見上げる雪成。ごめんな、と頭を撫でる。きっと今すごく変な顔してるんだろうな、俺。正直いまだにこれは夢だって思ってる自分がいる。でも、夢にしてはいやにリアルだし、意識がはっきりしてるし、

「…にげないなら、ぎゅってしてよ」

普段の俺の精神状態や思考回路を考えてみれば、こんな夢を見るはずがないから。

たしかにこの頃の雪成のことは本当に大好きだった。可愛くて可愛くて、父さんや母さんに甘える姿を見て少し妬いてしまうくらいには。でも今は違う。憎たらしい奴で、俺のことが嫌いで、性格も悪くて、いつも上から目線で、生意気で、可愛げなんか全然ない、大っ嫌いな弟。

「おっきい兄さんは、おれのことすきじゃないんだ」

すぐに“そんなことない”って言えば、この見せかけだけの拗ねた顔が簡単に笑顔に変わるのは知ってる。なのに言えなかったのは、どうしてだろう。真実だったから?相手にするのが面倒だから?嘘をつけないから?

「……雪成はさ」
「!」
「…雪成は、兄さんのこと、好きか?」

何を聞いてるんだろうか、俺は。

「…すきだよ。だいすき」
「……そうか」
「うん。だっておれの兄さんだもん」

そうか。そうだよな。生まれた時からずっと一緒だった俺を嫌うわけがない。俺だってそうだった。分かりきってる答えなのに、何を聞いてるんだか。

「おれの、おれだけの兄さん」

でもな、雪成。あと数年したら、お前の気持ちはすっかり変わってしまうことになるよ。他の誰でもない、俺のせいで。出来損ないの俺に幻滅したせいで。

「ずっとずっと、ずーっといっしょ。そうだろ?」
「……だといいな」

曖昧に笑い返して、また頭を撫でようとした。

「…あ……?」

その瞬間、パン!と渇いた音がして、気付けば膝の上の小さな温もりが消えていた。代わりに目の前が真っ暗になって、

「……雪成…?」

後頭部と背中に回された腕が固くてなかなか離れられない。だから顔は見れないけど、分かる。雪成だ。元に戻ったんだ。やっぱり夢じゃなかったんだ。でも、どうして、なんでだ。

「ひっ…う…にぃ、さ……!」

情けなく嗚咽を漏らして、声を詰まらせて、泣いてる。泣きながら、俺を抱きしめてる。俺を“兄さん”と呼んでる。

兄さん兄さん。まるでうわ言のように同じ言葉を繰り返して、俺の体を締め付ける。ひょっとしたらこいつは俺と真逆で、小さい頃の俺に会っていたのかもしれない。それが今こんなに泣いていることと関係があるのかは知らないが、少なくとも戻ってくるまでの間になにかがあったんだろう。

(……まだ、夢を見てるんだ)

さっきの出来事も、今こうして泣いてすがる雪成の姿も、きっと全部夢だ。俺はまだ夢を見てるんだ。

「……大丈夫だよ、雪成」

無理矢理そう納得させて、恐る恐る抱きしめ返した。小さい頃に、よくあやしていたように。












まだ本編始まる前くらい。ユキちゃんの本心はこれっぽっちも知らないし大っ嫌いだし大っ嫌いだし大っ嫌いだけどでも心のどこかでまだお兄ちゃん心は残ってるんだと思いたい。そしてピュア成ちゃんはしっかり目覚めかけてる(悪い方に)


161019

prev / next