▼ 愛の言葉が聞こえない
※悪/ノ//召/使パロ
※女王じゃなくて王
『悪い、失敗した』
悪びれる様子があるのかないのかそう言った役立たずの召使いは、俺の前髪をスパンと一発ぶった切った。毎度毎度丁寧に整えていたくせに、どうしたことか珍しくミスをした。しかもとんでもないミスをだ。ちょうど眉が隠れるか隠れないかという長さにまで短くなってしまった前髪はまるで目の前にいるこいつと同じで、少しだけ嬉しいと思ってしまったから、怒鳴り付けるのに少し時間がかかってしまった。
『次やったらクビだぞお前』
この時はその言葉を口実にどうしてやろうかと、さながら悪戯を企む幼いガキみたいにワクワクしていたのに。本当はその“ミス”がミスではなく狙って行われたことだってことも、その理由も、意味も、何もかも、城から無理矢理連れ出されてやっと気付いた。
「最期に残す言葉はあるか」
殺せ殺せとけたたましく憎悪にまみれた怒号が飛び交う中、国中の人間という人間から忌み嫌われていた若い“王”はただただ無表情でそこにいた。俺よりも長く伸ばされていた髪はバッサリ切り落とされていて、そう、まるで俺みたいな。俺と同じ髪型で。俺と同じ顔をしたあいつが。役立たずの召使いが。誰よりも心を許していた兄が。心の底から愛していた男が。死刑台の上に。
なんでだよ。なんでお前はいつもそうやって、一人でなんでも勝手に決めて、自分ばっかり犠牲にして、俺の気持ちなんかお構いなしで、自分だけ満足して。
何度その名を叫んだって、周りの声に掻き消されてしまう。どれだけ前に進もうとしても、人が多すぎて近付けない。そこにいるのに。見えているのに。ふざけんな、くそ、
「…っ、なまえ!!」
喉が裂けたんじゃねえかって思った。裂けるなら裂ければいい。そのままもう一度叫ぼうとしたら、目が合った。
「ーーーーーー」
はくはくと口が動いた。ふわりと笑った。聞こえない。わからない。今俺に何を伝えた?何を囁いた?わかんねえよ。お前いっつもボソボソ喋るから聞きづらいんだよ。もっとはっきり話せって何度も何度も言っただろ。ちゃんと聞いてやるから、はやく話せよ、ほら、なあ、
返事をしたのは、ギロチンが落ちる音だけだった。
161012
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