連載短編 | ナノ


▼ しるし

(「おねがい」後のおはなし)







「…っ……ん…」

鼻を擽る香ばしい匂いに目が覚めた。トーストだ。トーストの匂いがする。あと、他にもなにか焼いてるな。多分、あれだ、目玉焼き。ベーコンの匂いもする。腹へった。ゆっくり体を起こすと、掛かってあったシーツがずり落ちてしまい、なにも身に付けていない上半身が露になる。

「おはようさん」

いい夢見たかよ、と皮肉たっぷりにそう言ったみょうじさんは、トーストの上に目玉焼きを乗せていた。いつもそうだけど、どうして俺より早くに起きれるんだろう。

「……おはようございます、みょうじさん」

おかげさまでいい夢見れました。笑ってそう返すと頭をはたかれた。いたい。

なんとか頼み込んで手に入れた二連休。それでも神奈川と鹿児島の距離を考えるとまだまだ足りないくらいだ。だから、着いてすぐ家に押し掛けて、たくさん話して、たくさん触れて、たくさん抱いた。離れてた期間を埋めるように、たくさんたくさん。手加減とか気遣いとかする余裕なんてなかった。なのにやっぱり俺よりも先に起きてるみょうじさん。いつもそうだ。そりゃ俺だって疲れるけどそれ以上の負担がかかってるはずなのに。

「みょうじさんって」
「あ?」
「なんでそんな起きるの早いんスか?俺あんなに無茶苦茶して…」
「黙れ朝からその話やめろしばくぞ」
「ウス」

俺のエッグトーストが危うくゴミ箱行きになりそうになったので慌てて口を閉じた。ほんと照れ屋だなこの人。可愛いからいいけど。そのまま椅子に座ろうとしたら今度は上ぐらい着ろと怒られてしまった。シャツどこに脱ぎ捨てたっけ。

「……ねえみょうじさん」
「なに」

ベッドのすぐそばにあったそれを着ようとして、手が止まった。日焼けした腕も、真っ白なままの胸も腹も、もちろん足も、見えないけど恐らく首筋も。全部、綺麗でまっさらなままだ。

「………………欲しいなー…」
「欲しい?なにが」
「…………キスマーク」
「はあ?」
「だって俺はたくさんつけてるのに」
「つけてほしいなんて一言も言ってねえのにな」
「ちゃんと見えないとこにしてるじゃないですか」
「そんな当然のことを胸張って言うな」

今は隠れちまってるけど、肩とか、二の腕とか、俺より薄い胸板とか、腹も背中も腰も足の付け根も、数えきれないくらい俺の印だらけになってる。でもみょうじさんは一つもつけてくれない。それが少し寂しい。

「一つだけでいいからつけてくださいよ」
「やだよお前すぐバレるじゃん。着替えとか風呂とか人前で露出すること多いじゃん」
「むしろ見せびらかしますけど」
「最悪」
「ほら、早く」
「だぁから嫌だっつってんだろ。つか飯…」
「じゃあ代わりにみょうじさんにつけていいですか?」
「は」

ここに、と、丸出しの首筋に触れた。

「俺は別にどっちでもいいですけど?」
「…………お前ほんっと最悪」
「それはどうも」
「褒めてねえし…うえっ」

頭を抱えたみょうじさんの腕を引いて抱き寄せた。そのままベッドに倒れると、必然的にみょうじさんに押し倒される体勢になる。現在進行形で上からみょうじに見下されてて、しかもその表情は苛立ちで歪んでて、でも真っ赤になってた。やっばい。絶景。

「さ、どうぞ」

あんたの、好きなとこに。どこでも。いくらでも。舌舐めずりをしながら言うと、諦めたようなため息が降ってきた。

「あー…めんどくさ…」
「とかなんとか言って、ちゃんとしてくれるくせに……んっ、」

ちゅう、と胸の真ん中辺りに吸い付かれた。不意打ちズリィ。みょうじさん笑ってるし。

「…んだよ、煽るだけ煽っといて照れてやんのー」

ププーと笑いながら椅子に座り直したみょうじさんは心底嬉しそうだ。してやられた。くそ。だってみょうじさんからそういうことしてくること自体少ないから耐性ないんだよ分かってるくせに。

(けど、やっとつけてもらえた)

赤くなったそこを軽くなぞる。嬉しい。口が勝手に緩む。あれ、でも、ちょっと待て、ここって…

「…………みょうじ、さん…」
「あ?なんだよもうつけてやったろ。早く飯食うぞ」
「……ここにキスする意味、知ってます?」
「………………………………知らねえ」
「嘘だろ知ってる絶対知ってるその顔は知ってる顔だ」
「知らねえって」
「顔真っ赤ですよみょうじさん」
「うっっっっっせえなあもう先に食うからなボケ」

俺も朧気にしか覚えてないけど、多分、そういう意味だろう。みょうじさんはハッ、て顔してたからわざとじゃないんだろうけど。

「でも、間違ってませんよ」
「黙れ」

完全にツンモードに入ったみょうじさんの赤い頬にキスをしてから、今度こそシャツを着た。














160817

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