連載短編 | ナノ


▼ 見えない鎖で繋がれる

(※もし兄弟逆転してたら)






「また次がある。次、頑張りなさい」

そう言って俺の頭を撫でた父さんと、優しく微笑む母さんに曖昧に笑い返し、二階へ上がった。階段を上っている最中にくしゃりと握り潰したテスト用紙。80点だった。いい方だと思った。それでも、お前ならもっと出来るって、そんな言葉しかもらえなかった。努力していない訳じゃない。俺なりに頑張っていたつもりだった。ただ、それではまだ足りなかったらしい。憂鬱だなあとため息を吐きながら、いつものように兄の部屋へと足を運んだ。




「おう、なまえ」
「…まただめだったよ」

苦笑いしながらそれだけ伝えると、ユキ兄はそうかと返事をして、読んでいた本を閉じた。

「……おいで」

広げられた腕に飛び込むのはもうほとんど日課になっていた。いい歳して何やってんだかと思われるかもしれないけれど、それでも兄のこの行為に救われているのは事実だ。ぎゅうっとしがみつくように腕を回すと、それに応えるようにユキ兄も強く抱きしめてくれた。

「…80点、取れたんだ」
「80?すげえじゃん。前より取れてる」
「二人は前の点数なんて覚えてないよ」
「でも俺がちゃんと覚えてる」

頑張ったな、なまえ。その言葉だけが俺を救ってくれる。ユキ兄だけは褒めてくれる。ユキ兄だけは認めてくれる。だから俺は、また頑張れる。

「……ありがとう、ユキ兄」
「こら。名前」
「!」
「二人の時は?」
「…ごめん、雪成」
「ん」

名前を呼ぶと嬉しそうな声を漏らして、さっきより強く抱きしめてきたユキ兄。いつだったか、二人きりの時は雪成って呼べって言われたのがきっかけだった。理由はわからないけれど、俺としてはユキ兄との距離が無くなることが嬉しかったし、ユキ兄も嬉しそうにしてくれているから、特に何も考えずにその言葉に従っていたのだ。ただ普段はユキ兄って呼ぶことの方が多いから、ついつい忘れがちになってしまうけど。

こうしてユキ兄に抱きしめられている時だけは、さっきまでの憂鬱な感情を忘れていられる。だから毎日こうして甘えてしまう。でも、ずっとこうではいられないだろう。ユキ兄はもうすぐ高校生だし、俺だってもう中三になる。いつまでこうして甘えさせてくれるのかな。いつかはユキ兄から離れて、一人の力で頑張っていかなきゃいけない。そんなことはわかってる。だけど、あと少しだけでいい。あと少しだけ、甘えててもいいかな。


この時の俺は、いつものように頭に落ちてきた口付けの本当の意味を、まだ知らなかった。








(ひとりになんかしてあげないよ)











余談:ユキちゃんがお兄ちゃんだとまだ本編よりは友好な兄弟関係のままでいれたのかなあと思う。ただしユキちゃん自身は本編同様拗らせちゃってるからいつかはぶち壊れる。きっかけは多分というか絶対なまえくんが一人立ちしようとした時ですねわかります。ちなみに父さん母さんがなまえくんに対して少し辛口?なのもユキちゃんのせい。父さんたちが鞭で俺が飴になればなまえはもっと頑張れると思うんだよね云々言って言いくるめてそう。



160702

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