▼ どんどん好きになる
(「not Taciturn man」番外編その後)
「雪成くん、ご指名入りましたー!」
「!」
今度こそきた、と思って勢いよく席を立ったけど、また違った。女子だ。隠しもせずに舌打ちしたらボーイ役のやつに肘で小突かれてしまった。
「…ご指名ありがとうございます、雪成です」
決められた台詞を淡々と並べて適当に接客をする。ヘラヘラにこにこ相槌を打っていればそれだけで楽しそうだから、ある意味楽と言えば楽だ。本格的なホストクラブじゃない、所詮は学生がやる程度のお遊びの一環だし、嫌々対応したところできつく咎められることもない。適当に相手をして、適当に話を会わせて、適当に時間を過ごして、それで終わり。
「スーツ似合ってるね〜」
「あー、あざす」
褒められるのは嫌いじゃない。けど、
(…意味、ない)
あの人が来ないなら、あの人が見てくれないならこんな服なんかただの布切れと同じだ。意味なんかない。価値なんかない。せっかく切り替えて接客しようと思ったのに、結局どんな些細なことでもあの人に繋がって思い出してしまう。もう本格的にダメだな俺。今さらながら。
なんだかんだでいつかは来てくれるって分かってる。分かってるはずなのに、その気配すら感じられなくて嫌になる。本当に来ないんじゃないかと思ってしまう。ちゃんとした約束なんかしてないから。今すぐにでもここから飛び出して探しに行きたい。すぐに見つけ出して、ずっと待ってたのにって拗ねたフリして、平謝りしてくるであろうあの人に抱きついて、ひたすら甘えて、模擬店巡りでもして、
「…雪成くん?大丈夫?ボーッとして…」
「あ?」
「え」
「…あー…すいません、大丈夫っス」
くそ、ダメだ、全然大丈夫じゃない。もう耐えられない。
「あっ、ちょ、お客様?」
やっぱり探しに行こう。そう思って立ち上がろうとしたら、目の前に影が。
「なにお前。そんなふてこい顔しながら接客してんの?そんなんで女の子喜ぶとでも思ってんの?それでナンバーワン狙ってるとかギャグでしかねえよアホなの?」
心底バカにしたようなその声は、ずっと聞きたかったその声は今俺にだけ向けられていて、
「っ…みょうじ、さん…」
「間違えたアホじゃねえなバカだったなお前」
「あ、あのー、お客様、ご指名は…」
「このバカお持ち帰りで」
「!」
「えっ」
途端に腕を掴まれて、そのまま無理矢理立たされた。黙ってクラスから俺を連れ出したみょうじさんは、どこへ向かっているんだろう。
「みょうじさん、」
「なに」
「……みょうじさん」
「だからなに」
「………」
「…なんなんだよ気持ち悪いなお前」
どこでもいい。なんだっていい。やっと来てくれたから。さっきまで散々イライラしてたくせに、拗ねてやろうとか思ってたくせに、そんなの一瞬で消え失せてしまった。単純だな、ほんと。
お持ち帰りでって言った時の顔が、いつもの何倍もかっこよく見えて、強引な姿にどうしようもなく胸が高鳴って、この人はいったいどれだけ俺を夢中にさせれば気が済むんだろうと思った。
「…手、ちゃんと繋ぎましょうよ」
「はあ?嫌に決まってんだろこんな人いっぱいいるところで」
「あんだけ派手に俺のこと略奪したくせによく言えますね」
「勘違いしてるようだから言っとくけどあの女の子が可哀想だったから強制退場させただけだからな」
「…ああ言えばこう言う…」
「お互い様だろ」
まあそれもそうか。でも俺としてはそろそろもう少し素直になってくれたらいいのになと思ったり。ツンケンされるのも嫌いじゃないけど。つーかこの人からもらえるならなんだって…
あ、そうだ。
「みょうじさんみょうじさん」
「今度はなんだよ」
「スーツ、どうスか?似合います?」
「は?」
「ほら」
そこでようやく腕を離して立ち止まったみょうじさんは、じーっと俺の姿を眺めてから一言。
「……俺の方が似合うな」
鼻で笑いながらそう言われた。それだけなのに、見てもらえただけなのに、さっき褒められた時よりも何倍も嬉しいし、何倍も価値のあるスーツのように思えてくるのだから、みょうじさんってすごい。
「なら着ますか?俺の脱ぎたてホヤホヤスーツ」
「黒田菌付きそうだからやめとく」
「黒田菌って」
心底嫌そうな顔をしたみょうじさんはまた歩き出した。慌てて追いかけて、さりげなく手を繋いだら、握り返してくれた。神経研ぎ澄ませとかなきゃ気付かないくらい微々たる反応だったけど、気のせいじゃない。振りほどこうとしないのが何よりの証拠だった。
あー、マジで、好きだなあ。そう心の中で呟いたつもりが声に出してたらしく、キモいとだけ返ってきた。ひでえ。
160616
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