例のみょうじって人と話をしていた真波を回収して部活へ向かう道中、何やら楽しそうに鼻歌を歌っている真波。さっきの話を聞いて、何がそんなに嬉しかったのかが理解できない。怪訝な顔をして真波を見ていると、それに気付いたのか、ああ、と声をあげた。

「バシくんも聞けてよかったね、みょうじさんの話」
「はあ?俺は別に、聞きたくて聞いてたわけじゃ…」
「意外だったなあ。あの荒北さんがどうやって告白したんだろうと思えば、まさかみょうじさんの方からだったなんて」

人って見かけによらないもんなんだねえ。ニコニコしながらそう話す真波。たしかに、それは俺も思った。いくら部活中はニヤニヤへらへらと女みてえに浮かれてたとはいえ決めるところは決めると思ってた荒北さんではなく、俺の姿見ただけでビクビク震えてた明らかビビりなみょうじって人が告ったなんてにわかに信じられねえ。誰がどう見ても荒北さんから告白したって言いそうな二人なのに。

「つーかお前、昨日も泉田さんに怒られたとこなんだろ。よくこんな余裕ぶっこいてられんな」
「あははっ!まあそれはそれ、これはこれってことで」
「いや適当なこと言ってんじゃねーぞ」

こんな適当で何考えてっかよくわかんねえようなやつが、インハイメンバー選抜戦のラストまで残ってんだから、マジで人って見かけによらねえもんだよなと思った。










「チワース」
「チワス」
「む!?なんだ真波、今日は早いではないか!」
「やだなあ東堂さん、俺だってやる時はやるんですよ」
「ふざけんなてめえ!俺が回収しに行くまで駄弁ってたくせに!」
「あー、ネタバレやめてよバシくん」
「まあ二人揃って来たからそうだろうなとは思ってたけど」
「銅橋、よくやった!」
「ブハッ!これくらい朝飯前だぜ泉田さん」

東堂さんと新開さんに弄られてる真波をよそに、ロッカールームを見渡した。なんだ、珍しくいつものメンバーが揃ってる。ちょっと遅れちまったと思ったが、なんとか間に合ったようでよかったぜ。まあ荒北さんは相変わらず死んだ顔してっけど。

「今日はどこへ寄り道していたんだ真波」
「え?ああ、」
「っ、おい待て真波!」

その時、福富さんからの何気ない一言に馬鹿正直に答えようとした真波に嫌な予感がした。トーンを抑えるつもりなんかさらさらない、そのままの大きさの声で今日あの人と話したことを伝えようとしている。普段なら別に問題はなかったんだが今はまずい。まだ荒北さんが同じ場所にいるし何より近い。ここであの人の名前なんか出してみろ、絶対ややこしいことになる。特別関わってねえ俺ですらわかる。

慌てて口を塞ごうとしたが、あと一歩遅かった。

「例のみょうじさんに会ってたんです」
「っ!?」
「は?」
「え、」
「この、バカ…!」



「………………はあ……?」


瞬間、ロッカールーム内の空気が凍りついた。


「ほら、皆さんもみょうじさんからいろいろ聞いてたでしょ?だから俺も」
「待て真波!ストップ!真波ストップ!」
「す、すげえな、同姓同名ってやつか真波」
「え?いや、違いますって。荒北さんと付き合ってた美術部のみょうじさんですよ?」
「よせ真波!もう何も言うな!」
「お前絶対わざとだろタチ悪ィぞいい加減にしろ真波!」
「そうだ真波山行こう!今日俺山登りたい気分なんだ山行こうよ真波!」
「えっ、ほんとですか葦木場さん!行きたいです!」
「行かせるわけねえだろボケナスが」
「「「!!!」」」

先輩方が必死で無かったことにしようとしている中、そうはさせるかと言わんばかりの顔と声でゆらりと立ち上がった荒北さん。

「見る限りオメーら全員グルだっつー解釈でいいんだよなァ…」
「い、いや待て落ち着け荒北!これには深いわけが!」
「そうだぜ靖友!他でもない寿一からの提案で」
「荒北、これは全員がお前を思っての行動だった。それにみょうじに対しても悪いようにはしていないつもりだ」
「それを判断するのは福チャン達じゃなくてみょうじだろ」
(なっ、福富さんにすら突っ掛かろうとしている…!)
(マジかよ福富さんシールドが効かねえならもう成す術ねえぞ!)
(怒ること自体久々なのにこんなに怒ってる荒北さん見たことないから余計怖いよー!)

「俺のためだなんだってのはありがてえし嬉しいヨ。けど、そのせいでみょうじに迷惑かけてんなら話は別だぜ、おい」

不意に頭のどこかで、腐っても鯛っつーことわざを思い出した。俺や真波の代が入部した時にはすでに野獣の“や”の字もなく、恋人にデレデレだった荒北さん。そんな姿しか見たことなかったから、昔はもっと尖ってただとか、野獣だとか、なんの冗談だと正直馬鹿にしてた。けど、

「隠してたこと全部話せ。包み隠さず正直にだぞ。ちゃんと全部話すまで、誰一人こっから出さねえからな…わかったらさっさと話しやがれコラァ!!」

怒号と共にビリビリと飛んできた威圧感は、立派な野獣のそれだった。





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