(あっ、荒北さんだ)

ゴミ捨てからの帰り道。中庭のベンチに座る荒北さんを発見した。黒猫を膝に乗せてどこか遠くを見つめてる。その視線の先にあるのは、美術室だ。

(……荒北さん、やっぱり寂しそうだな)

去年同じクラスだったみょうじくんは、普段はとても静かな大人しいタイプだった。特別たくさん関わった記憶はないけど、一度だけ席が隣同士になった時、忘れた教科書を見せてくれたりわからなかった問題を教えてくれたり、よく助けてもらったことは覚えている。優しくて控え目な、普通にいい人だった。でも、まさか荒北さんみたいな正反対のタイプの人と付き合うだなんて思いもしなかったなあ。まあこれは荒北さんの方にも言えることだけれど。

福富さんたちが二人をもう一度元の仲に戻すよう陰ながら奮闘してるっていう話は俺の耳にも入ってきてる。もちろん俺も戻るなら戻ればいいなって思ってる。みょうじくんと付き合ってた頃の荒北さんは本当に幸せそうだったし、それを見てる俺たちも嬉しかったから。でも、それは荒北さん側の話だ。みょうじくんはどうだったんだろう。荒北さんみたいに毎日幸せだったのかな。嬉しかったのかな。お話できるだけで舞い上がったり、ご飯一緒に食べれただけで涙目になったり、デートできただけで声高らかに自慢しちゃうくらい、楽しかったのかな。

「こんにちは、荒北さん」
「……おー…葦木場…」
「猫ちゃん、可愛いですね。学校の子ですか?」
「さあなァ。けど、ここにはよく来てるみたいだぜ」

微笑みながら猫ちゃんの頭を撫でる荒北さん。笑ってるつもりだけど、笑えてないみたいな、微妙な笑顔。

「……くろべえっつーんだ、こいつ」
「くろべえ…?」
「黒猫だからそんな名前付けたのかネェ…ハッ!単純だよなァ」
「荒北さんが名付け親じゃないんですか?」
「ちげえヨ。名付け親は、みょうじ」
「!」
「つっても、直接あいつから教えてもらった訳じゃねえんだけど」

たった一言だけだった。それなのに、みょうじくんの名前を呼ぶ時だけ、ほんの僅かだけど、声がものすごく優しかった気がする。俺の気のせいかな。

「……去年さァ、俺もオメーみてえにゴミ捨てから帰る時、ここでこいつの絵を描いてるみょうじを見つけたんだ」

近くに俺がいるのに気付かねえで、一人で猫相手に話しかけまくってさ。もうちょっとこっち向いてよーとか、その顔可愛いねーとか。カメラマンかよと思って吹きそうになったんだけど堪えて、しばらくずーっと見てたんだ。その日はチャイム鳴りそうだったからすぐ戻ったんだけど、結構ここに来るみてえでさ、時間見つけてはこっそり見に来てたんだけど、いつ来てもよくテレビで見るようなカメラマンの物真似しててさァ…

みょうじくんとの話をしている荒北さんは、前まで毎日見てたような、幸せそうな表情を浮かべていた。そして、ああ、きっと荒北さんは俺が思ってたよりもずっとずっと前からみょうじくんのことが好きだったんだなあって思った。

今ここにいるのも、またみょうじくんに偶然会えることを願ってるからだろう。直接会いに行けばいいのにとも思ったけど、怖いんだろうな、荒北さん。

「……でェ…気付いたら、好きに、なってたんだよなァ…」
「……そうだったんですね」
「……絶対無理だと思ってたんだヨ。俺もあいつも男だし、俺愛想よくねえし、むしろ怖がられるタイプだし、口下手だし、目付き悪ィし…」
(ね、ネガティブだあ…!)
「だから、あいつが俺のこと好きだって言ってくれた時、マジでこれ夢じゃねえのって思った。叫びそうになったけど引かれたら困るから頑張って必死に耐えたくらいでさァ、もう、ほんっと信じられなくて、嬉しくて、」

そうだろうなあ。だって泣きながら部室に来てたもんなあ荒北さん。みんなびっくりしてたけど、話聞いて一気にお祭りムードになったのは楽しかったなあ。

「……けど、今は、本当は、全部夢だったんだなァって」

なのに今はあの時とはまったく逆の意味の涙が溢れてしまいそうだった。

「っ、だっ、大丈夫ですよ荒北さん!!」
「えっ」
「なんていうか、その、えっと、ほら、まだまだ人生長いし!!」
「………」
「あっ!いや!とっとと諦めちゃえって意味じゃないんです!そうじゃなくて、えーっとー、んー…!」
「……ありがとな、葦木場」
「あっ、」

オメーにまで慰められるとは思ってなかったぜ。

くろべえを膝から優しく降ろした荒北さんは、俺の肩をぽんと叩いて校舎の方へ行ってしまった。

「ううー……難しいなあ…」

どうしたら全部上手くいって、みんなみんな幸せになれるのかな。






160514