「いやあすまんね、少し用事があって遅れてしまった」

珍しく遅刻してきた東堂さんはどこか嬉しそうだった。なにか良いことがあったのだろうか。ファンの子に告白されたとか?差し入れをもらえたとか?本人いわくよくあることらしいが、それにしたって今の部の雰囲気(主に荒北さん関係)からしてそういう類いのイベントであからさまに嬉しがるような、そんな空気の読めない人ではないはず。

「何かあったんですか?」
「ワッハッハ、よくぞ聞いてくれた泉田!」
「みょうじくんに会いに行ってたのか?」
「む、新開にはバレてしまったか」
「えっ、みょうじって、あのみょうじくんですか!?」
「泉田!声!」
「はっ!」

新開さんの口から出てきた名前が意外すぎて思わず大声を出してしまった。慌てて口を塞いだ瞬間、ガラガラピシャァッ!!と大きな音を立てて開いたドア。ヌッと顔を出したのは、なんとも形容しがたい恐ろしい顔を浮かべた荒北さんだった。じ、地獄耳…!

「…………今なんかみょうじって聞こえた気がすんだけどォ…?」
「あらっ、荒北、」
「気のせいじゃないか?俺たち三人だけで話してるのに、彼が話に出てくるのはおかしいだろ」
「……そっかァ……」

ついに幻聴まで聞こえちまったかァと薄ら笑いを残して行ってしまった荒北さん。今度はすごく静かにドアを閉めていた。よかったバレずに済んだと安堵したが、それにしても、恐ろしい。とても久しぶりに荒北さんの人を睨み殺しそうなあんな目を見た気がする。

「すみません、つい…」
「気にするな。ああ見えて逆に敏感になっているからな、例のワードは極力荒北のいないところか、小声で話すようにしろ」
「肝に命じておきます」
「それで、なにか掴めたのか?」
「うむ。昨日お前が言っていた通り、上手く事が運べば復縁も夢ではないかもしれんな」
「え!」

復縁?まさか、荒北さんとみょうじくんが?

「あっ、あの、それはどういう…」
「そのままの意味だぞ」
「しかし、いくら荒北さんがあの状態とはいえ、みょうじくんに復縁を無理強いするのはどうかと思いますが」
「たしかにお前の言う通りだ。俺たちも彼が靖友を嫌いになったってんなら諦めてそっとしてたさ」
「……ということは、彼はまだ…?」
「直接まだ好きだとは聞いていないが、恐らくそうだろう」

あの芯の強そうな目、気に入ったぞ。そう言ってまた嬉しそうに笑った東堂さん。何を話したのかは知らないけれど、どうやら納得のいく話ができたみたいだ。そして新開さんも含め、先輩方は本気で二人を復縁させようとしている。

みょうじくんとはクラスが違うし多分話したこともないからどのような人物かは知らないが、あの荒北さんが好きになった人物なら悪い人ではないんだろう。だからこそお二人も復縁を望んでいる。

僕としても、復縁することにより荒北さんがまた以前のように毎日を楽しそうに過ごせるようになってほしい。僕だけじゃなく、自転車競技部全員がそう思っているだろう。それになにより、ずっとあのままでは部内の雰囲気がどんよりしたままだし、チームの士気にも関わってくる。

「……その復縁の話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「!」
「正直、チームとしても人としても、あの状態の荒北さんを放ってはおけません。本当に可能性があるのなら、是非僕にも手伝わせてください!」
「…そうだな。年上である俺たちよりも、同期である泉田の方がまだ話しやすいところもあるだろうし」
「なら葦木場たちにも声を掛けておくか。人手は多い方がいい。ただし、決して荒北にはバレないよう、慎重にな」
「わかりました!」

まだ好きなのに別れたと言うのなら、それなりに理由があったはず。なんとかその辺りを聞き出せればいいが。





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