あいつらから今までのこと全部聞いた。その時に感じたのは余計なことすんなってことよりも、ありがたさとか申し訳なさとか、そういう感情。元はといえば俺が馬鹿みたいにいつまでもズルズル引きずってるから悪いんだ。昨日の一件で、もうちゃんと話すしかねえなと決心できた。それに、もうこれ以上みょうじに迷惑をかけることなんか出来ない。
あいつの顔を見るまでは、偉そうにかっこつけてそんなことを考えていたくせに。
「……え、」
「!」
「…なん…なんで…」
乱暴に開閉されたドアの音と、困惑したような小さな声。ずっと聞きたくて、聞けなかった大好きなあいつの声。思わず軽く飛び跳ねてしまった。ダセエ。けどそんなこと気にしてる余裕もなかった。みょうじだ。みょうじがいる。また逃げられたらどうしようって不安もあったけど、ちゃんと俺の姿を見てそこに立ってくれている。それだけで泣きそうになった。
言いたいことはたくさんある。聞きたいこともたくさんある。でも、やっぱり、いざ目の前にすると何も言えなくなる。またあんたかよって思われていたらどうしよう。早くしてくれよとか、俺に何の用だよとか、思われていたら。いつまでも未練がましくすがりつこうだなんて、迷惑以外の何物でもないだろう。
「……悪かった」
「え」
「昨日、全部聞いた。あいつらに」
とりあえず謝ろうと、謝罪の言葉を口にした。
「あいつらに言われたこと忘れていいから。気にすんなヨ、マジで」
「………」
「ごめんなァ。オメーは離れたがってんのに。迷惑だったろ」
自分で言ってて辛くなってきた。でも事実なんだし仕方ない。むしろ今この状況で逃げ出さず罵倒もせずちゃんと話を聞いてくれていることに感謝すらしたいくらいだ。
もうこれで終わり。最後にこうして話せたんだ。もう大丈夫だから。もう忘れるから。もう明日からは、ちゃんと、立ち直って、
「…それだけ、伝えたくて。邪魔したな」
「あの、」
「!」
「本当に、全部忘れていいんですか」
最初、みょうじが何を言ってるのかがわからなかった。
「…おれ、ずっと寂しかったです」
緊張しすぎて、まだ性懲りもなく好きすぎて、今聞こえてる言葉は俺が全部都合よく解釈してできた幻聴なんじゃないかって思ってしまう。
「付き合ってもらえただけでも満足だって我慢してたけど、無理でした。おればっかり好きで、最初はそれだけでも幸せでした。でも、やっぱり、それだけでずっと一緒になんていられない。辛いし切ないし苦しかった。寂しかった」
そんなこと、今まで一言も言ってなかったじゃねえか。寂しかったとか辛かったとか我慢してたとか、そんなこと全然言わなかったじゃねえか。教えてくれなかったじゃねえか。だから、全部上手くいってるんだって、勘違いしてたのか、俺。
嫌われないようにって無駄にかっこつけてた結果がこれかよ。
「なのに、荒北先輩も寂しがってるとか、そんな意味わかんないこと言われたんです。そんなわけないですよね?まさか、荒北先輩が、そんなわけ」
「寂しかった」
声が震える。ちゃんと聞こえただろうか。その涙の理由は、意味はなんだ。そんな顔をさせたのはずっとお前に我慢させてた俺なんだろうな。これほど情けない話があるだろうか。
もうこれだけ恥を晒してきたんだ。今さらかっこつけようとする意味なんかない。
「……そんなわけ、ないでしょ」
「ほんとはもっと早くに会いに行きたかった」
「…そんな…」
「でももう話も聞いてもらえねえんじゃねえかって思って、行けなかった。前だって顔見た瞬間逃げられたし。分かってたことだけど、すげえへこんだ」
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃねえ」
「嘘だ」
「嘘じゃねえ!俺もずっと好きだった!」
「っ」
思えば初めてこうして形にして言ったんじゃねえのか俺。みょうじは今までずっと顔真っ赤にしながら、それでも頑張って伝えてくれてたのに。恥ずかしがって俺もとしか言えなかった。そりゃ不安にさせるに決まってる。
「あの絵見た時も、好きだって言ってもらえた時も、付き合えた時も、一緒に飯食った時も、初めてデートした時も、本当に嬉しかった。でも全部素直に話したらウゼエって思われると思ったし、ダセーし、変な見栄張って言えなかった」
これが全部、嘘偽りない俺の本当の気持ち。
「…それが原因で、お前のこと不安にさせて、苦しませて、離れてったってんなら、もうそんな無駄なことやめる。だから…もっかいチャンスくれよ」
こんなこと言える立場じゃねえけど、今さらなんだよって思われるだろうけど、戻れる可能性なんかこれっぽっちもねえんだろうけど、
「…別れてくれなんか、言うなよ…っ」
それでも俺はやっぱりお前と一緒にいたい。お前じゃなきゃ嫌だ。忘れるなんて無理だ。離れたくない。自分でも訳わかんねえくらい、お前のことが好きだから。
滲む視界の中で、みょうじが笑った気がした。
「……じゃあ取り消します」
「!」
「…取り消すから、おれなんかの為にもう泣かないでください」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「………よかったァ…」
「うっ、」
たまらなくなって、目の前にまで来た小さな体を力一杯抱きしめた。夢じゃない、よな?だってちゃんとここにいる。初めて感じる感触も、体温も、全部みょうじのものだ。よかった。ほんとによかった。受け入れてもらえた。許してもらえた。
「ごめんな、ほんとにごめん、みょうじ」
「そんな…おれの方こそ、もっとちゃんと話すべきでしたし…」
「…もう絶対離さねえから」
なんだ、こんな簡単なことだったのか。ずっとビビってたのが馬鹿みてえだ。まあ実際馬鹿だったんだから、こんなことになるまでひた隠しにしてたんだけど。知られたら嫌われるっつってみょうじのこと信じられなかったとこも原因の一つだろうな。
もう二度とこんなことが起きないように、これからは全部全部さらけ出してやる。全部受け入れてもらえるように、ずっと好きでいてもらえるように努力すればいい。決めたんだ、もう絶対離さねえって。
「あ、の、でも、そろそろ、部活が」
「やだ」
「…あ…荒北先ぱ」
「やだ」
「ぶ……部活…」
「やだ」
「………」
「やだ」
(なんにも言ってないのに…!)
こんな子どもみてえに駄々こねるなんてこと、前までならあり得なかったのに。それでも腕を回してくれたことに気付いてまた泣いた。ありのままの自分を受け入れてもらえることがこんなにも嬉しくて幸せなことだったなんて知らなかった。
本来の俺のこと見てちょっとは混乱しただろうけど、それでもまた付き合ってくれた。それが間違いじゃなかったって心から思わせてやれるように頑張るからさァ、ずっとそばにいてくれよ、みょうじ。
(幸せすぎてどうにかなりそうだ)
160517