下駄箱から教室へと向かう途中のことだった。

「お前だよな、みょうじって」

土日挟んで落ち着いたと思ったらこれだよ。

「……えー…っとー…」
「隣のクラスの黒田。自転車競技部だ」

うわ、自転車競技部。思わず逃げ出しそうになったけど肩を掴まれていたので逃げられない。月曜の朝っぱらからなんなんだよもう…と白髪の人もとい黒田くんを見た。

泉田くんや葦木場くんの言葉を思い出しながら過ごした休日。それでも結局答えは見つからなかった。多分、信じられないんだと思う。復縁させたいだとか、おれとのことを嬉しそうに話してたとか、やっぱり現実味がないというか嘘臭いというか。まずもしそれらが本当だとしたら自転車競技部のみなさんが動くのはおかしいと思うんだ。

別に期待してるわけではないけど。でも、もし先週いろんな人から聞かされた話がすべて本当だったのなら、どうして荒北先輩自身は来てくれないんだろうって。そんなことを思ってしまう。

「……それで、その、黒田くん。一体何の用…?」
「別に別れたこと自体にケチつけるわけでも理由聞くわけでもねえよ」
「え?」
「むしろ別れて正解っつーかよくあんな人と付き合えてたなっつーか…まあ人の趣味にどうこう言うつもりもねえけどよ」
「あ、うん…え…?」

けどよくあの人と半年ももったよなすげえよ尊敬するわと真顔で語る黒田くんは恐らく荒北先輩のことが嫌いだと見た。いや恐らくじゃないなマジなやつだなこれ。大っ嫌いだろこれ。めちゃくちゃ言うじゃん黒田くん。なんだ、それならおれに何の用だろう。おれが無言で困惑している間にも止まらない愚痴というか悪口というか、それらを吐き出し続ける黒田くんはどう見ても今まで現れた自転車競技部のみなさんとは違う気がする。

「……とにかく、あの人と付き合おうが別れようが心底どうでもいいんだよ俺は」
(ものっそいはっきり言ったな)
「けど」
「!」
「そのせいで俺まで被害を被るのは納得いかねえ」

あ、なんか顔つき変わった。なんか悪い顔してる。

「……ひ…被害…?」
「そうだよ。お前と付き合ってた頃はまだマジだったんだよ毎日毎日少女漫画かよってつっこみたくなるくらい花振り撒いてるみたいな雰囲気で浮かれまくってただけだったからな。けど別れてから人が変わったように毎日毎日終わったって人生に絶望してんだよあの人マジでこえーよ降り幅がやべーよしかも先週末なんかみょうじに逃げられたもう死にたいとか別れた途端になんだよこれメンタル豆腐か!脆いだけじゃなく文字通り腐ってんのか!」
「ちょ、落ち着いて黒田くん怖い」

何かしらスイッチが入ったらしい黒田くんの口が止まらない。なんかいろいろと耳を疑いたくなるような言葉が飛び交ってたんだけどとりあえず落ち着いて黒田くん周りの視線が痛い。

「……それで?」
「それで!?」
「お前はどうなんだよ、こんだけ言われて」
「……どうなんだよって、言われても…」

急に真顔になられても困るんだけど。それに、ぶっちゃけまだなにも信じられない。彼らが言う荒北先輩の姿が、おれの知ってる荒北先輩の姿とはまるで真逆だからだ。

そんな無責任な男じゃない?怒ってると思ってるのはおれだけ?見る目がない…は余計なお世話だ。それと…復縁させたいだの、嬉しそうに話してただの、別れてから人が変わったようだの…やっぱり、にわかに信じられないんだ。もしかして、この人たちみんなグルになっておれを騙そうとしてるんじゃないか。荒北先輩も含めて、みんな裏では、間抜けなおれを嘲笑ってるんじゃないか。そんなことまで考えてしまう。

どうなんだと聞かれれば、おれはまだ荒北先輩のことが好きだ。けど、

「……もう元に戻ることはないよ」
「!」
「あの人にも、その気はないと思う」

もう終わった。おれはたしかにそう決意して、先週あの人に別れを告げたんだから。目を見開く黒田くんを余所に、おれは今度こそ教室へと向かった。





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