「ちょっといいかい、みょうじくん」
「!」

五時間目の授業終了後。よーしあと一時間だあと伸びをしていると、後ろから声をかけられた。誰だろうと思って首だけ動かすと、

「あ、い、泉田くん…」
「…そのリアクションをさせてしまっている原因は先輩方だろうね」

思わず身構えてしまったおれは悪くないと思う。それを察したように苦笑いしながら謝ってくれた泉田くんは、昨日現れた東堂先輩よりは話の通じる人だろう。だからといってこれ以上問い詰められてももうおれには何も答えられないんだけどなあ。

彼とは違うクラスだからよく知ってるわけではないけど、真面目で優等生だっていう話はよく聞いてる。あと筋肉がすごい。これで自転車競技部じゃなければ、もしくは荒北先輩との件がなければおれだってもっと普通に接することができただろうに。もう自転車競技部の人だと誰が相手でも身構えてしまう。こう、反射的に、シャッッ!と。この数日間でだいぶ反射神経とトーク力が鍛えられてると思う。おれの静かで穏やかだった日常はいずこへ。

「……も、もうおれが答えられることはないんだけど…」

強面さんとかモテモテの人とか失礼な人とかに散々問い詰められたからな。これ以上何聞かれようと何言われようと、おれがあの人と関わることはもうない。自転車競技部の人たちの目的はいったいなんなんだろうか。未だにそこがよく分かっていないんだよなおれ。もし興味本意でおれたちのことを知りたいってだけならおれからはもう話すことはないぞ。あとは荒北先輩に聞いてほしいところだ。まあ思い出したくもないだろうけどさ。

「別れた理由が聞きたいって言うなら、みなさんにも何度も言ったように、」
「ああ、聞いたよ。自分だけが好きなんだって不安を感じたんだろう?」
「………」
「僕は、いつからそう感じたのかが知りたくてね」

話したくないのなら無理強いはしないけど。控えめに笑いながらそう言う泉田くんは、やっぱり先日会った先輩方よりははるかに常識人だと思う。多分今まで聞かれた中で一番話しやすい。けれどその内容が引っ掛かるな。いつからだなんて、おれがあの人からの好意を感じられなかったのはほぼ最初からなんだけど。それはおれもそうだけど身近に側にいた君たち自転車競技部の人たちだってよく知ってると思うんだけどな。むしろ愚痴られてなかったか心配だ。あいつさすがにそろそろ切ろうかなって思ってんだけどォとか言われてそう。ただの想像とはいえ泣きそう。

「…いつからというか、多分最初からだよ」
「最初から?」
「告白したのもおれからだし、声をかけるのもご飯に誘うのも休みを聞くのもどこかに出掛けようって誘うのも、全部おれからだった」

まあ告白については、しようと思ってしたというよりは不可抗力に近いというか。

「手を繋いだことも、き、キスだって、したこともされたことも、ないし…」
「………」
「あんまり、名前呼んでもらったことないし…おい、とか、なあ、とか、みたいな…」

……え、なにこの公開処刑。なんでこんなこと多分初めて話すであろう泉田くんに暴露してるの?おれ泣いてない?大丈夫?泉田くんなんか頭抱えてるし。そうだよなこんなの聞いてるだけで呆れるよなリアクションに困るよな馬鹿正直に全部喋っちゃってほんとごめん荒北先輩もほんとすみませんなんかもう生まれてきてごめんなさい。

「ご、ごめんね、こんなの聞いたところでって話なのに…」
「いや、むしろ僕の方こそ謝らせてほしい」
「いやいやいやアホみたいに全部喋ったおれが悪いし」
「いや!君はちっとも悪くない!」
「お、おおう(急に大声出すからビビった)」
「聞き出そうとした僕も悪いが、何より…はあ…もう……そりゃフラれますよ…」

大きなため息を吐きながらぶつぶつぼやいている泉田くん。よく聞き取れないけど、多分おれのことじゃないようだ。

しばらくすると再度困ったような笑顔を浮かべて、ありがとうと一言告げられた。あ、もう休み時間終わる。ちょっと待った。

「あっ、あのさ、泉田くん」
「ん?」

先輩方に対しては威圧感とか勢いとかのせいで聞けなかったけど、泉田くんになら…

「その、ずっと聞きたかったんだけど」
「なんだい?僕で答えられることなら」
「……どうして自転車競技部のみなさんは、おれとあの人のことを聞いてくるんだ?」

付き合ってた頃はこれといって交流もなかったのに、別れた途端これだ。目的がまったくもってわからない。面白がってるのか、遠退かせたいのか、よりを戻させたいのか………いや、最後のは無いな。うん。理由も必要性も意味もない。

「……気付いていないのかい?」
「え」
「いや、もしかすると三年の皆さんがちゃんと伝えていないのか…」
「えっと…?」
「みょうじくん」
「あっ、はい」
「僕たちの目的はね、君と荒北さんを復縁させることだよ」

同時に鳴り響いたチャイム。慌ててそれじゃあと帰っていった泉田くん。

おれの聞き間違いだろうか。みなさんがおれと荒北先輩の仲を取り持とうとしてくれてるだなんて。そんなまさか。




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