一昨日と昨日のことがあったので無駄に身構えながら一日を過ごしていたが、今日は特に来訪者がいなかった。よかった。さすがに納得してくれたらしい。むしろこれ以上聞き出されてもなにも答えられない。嘘をついているならまだしも、全部事実なんだし。結局あの人たちの目的自体がよくわからないままだけど、これでようやく静かになる。

そう思いながら美術室へ向かうと、廊下に人だかりが出来ていた。女子の。なにこれ。なんかうちわとか持ってるし黄色い声援がすごい。うちの部にそんなキャーキャー言われるようなイケメンいたっけ。

「………えっ、」

ちらりと見えたうちわに、「東堂様」の文字が。

おい。おいおいおいおいおいまて。知ってるぞ東堂様って。おれでも知ってるくらいのイケメンさんじゃないか。なんでその人が美術室にいるんだ。うわあどうしよう嫌な予感しかしない。




「どれどれ見せてみたまえ…おお!さすがは美術部!横顔とはいえ凛々しい眼差しや今にも話し出しそうな口元が見事に表現されているではないか!そっちはどうだ…ほう、下から見上げたような見事なポージング!まるで紙から出てきそうなほどリアルだな!そしてどちらも息をのむほど美しい!なぜだかわかるか?君たちの腕はさることながらもう一つ大きな理由がある!それはそう、モデルであるこの俺が……おや、君は!探していたぞみょうじくん!」
(やっぱりおれかあああああああああ…)

ぎゅうぎゅうで暑苦しい女子の波を掻き分け美術室に転がり込んでみると、そこはものっそいカオスな状況に陥っていた。腰に手を当てお決まりの指差しポーズをしている東堂先輩を囲む部員仲間たちの顔はみんなげっそりとしていた。女子?女子はもちろんニコニコポヤポヤって感じだったけれど。しかしおれが現れるや否や標的が変わったことにあからさまに安堵するなお前ら。生け贄感覚だろその顔。ガッツポーズするな丸見えだぞ。

まさかとは思ったけど、やっぱり目的はおれだったらしい。となると用件は、間違いなく荒北先輩とのことだ。

「待っていたぞみょうじくん。説明せずとも知ってはいるだろうが一応教えておいてやろう。俺は箱学自転車競技部1の美形クラ」
「手短にお願いします東堂先輩」
「んなっ!反応が冷たいし雑だぞ!ちゃんと聞け!」
「あのですね、そう何度来られてもおれはもうあの人とは…」
「もう関わらんのだろう?新開から聞いている」
「……なら、なんでここに?」

てっきり福富先輩や新開先輩と同じように、別れた理由を聞きに来たんだと思った。首をかしげると、ピンと跳ねた前髪を指でくるくる弄びながらニヤリと笑った東堂先輩。廊下の女子がうるさい。

「いやな、特にこれといった理由はないのだ。ただ、過去形とはいえあの荒北に好意を寄せていたという物好きの顔を拝みに来た。それだけだよ」

そう言ってまじまじとおれの顔を見つめてきた。その間も鳴り止まない廊下からの黄色い声。羨ましい〜じゃないよだったら変わってくれよ居心地悪すぎて今すぐ逃げ出したいんだけど。しかも物好きってどんだけ失礼なんだこの人。おれだけじゃなくて荒北先輩にも失礼だぞそれ。

しばらくすると、ふむ、と一言。

「……中の下だな」
「は」
「俺よりモテんとはいえ、さすがに荒北よりはモテるだろう。なぜ女子ではなくあんな野蛮な男を選んだのだ?」
 
解せぬとでも言いたげな顔でそう言った東堂先輩はマジで失礼が服着たような人だと思った。中の下ってあれか、顔の話か。ほっとけ。でも本当に不思議そうにそう聞く辺り悪意はまったくもってないんだろう。そうだと思いたい。

どうして荒北先輩を選んだのか。それは他人からすればそれっぽっちの理由で?なんて思われるかもしれない。でもおれにとってはすごく衝撃的な出来事だった。一年の頃から元ヤンだなんだと怖い噂を聞いていたあの荒北先輩が、コンビニ前で不良に絡まれていたおれを助けてくれたのだ。休憩中だったのか汗だくだった荒北先輩は、ただビクついて何も言えずにいたおれの手を引いてそこから連れ出してくれた。

まさかこの人が助けてくれるなんてっていう驚きと、嬉しさと。多分一番大きかったのはそのギャップだと思う。まあ、話したところで分かってもらえるとは思ってないけど、

「……少なからず、おれは、」
「ん?」
「あなたみたいな、し、失礼な人より、荒北先輩の方が魅力的だと、思い、ます」
「…………ほう」

瞬間周りからのブーイングがすごかった。いや、でも、嘘じゃない。本当のことだ。女子から嫌われようが部員から変な目で見られようがこの人に罵倒されようが、おれはそこだけは曲げない。

「……見る目のないやつめ!」
「うっ」
「美的センスが皆無なのだな、あいつと同じで」
「!」

それだけ言うと、東堂先輩は美術室から出ていってしまった。はー、なんだ、もっと罵倒されるかと思ってた。よかった。女子の軍勢も一緒に行ってしまったからようやく静かになる。あ、お前らここぞとばかりに大丈夫かとか言いに来やがって。遅いよこの裏切り者共め!

それにしても、どうしてだろう。おれの気のせいかな。東堂先輩、なぜか最後に笑ってたんだ。





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