「やあ。君だろ?みょうじくんって」

昼休み。一人で廊下を歩いていると掛けられた声。食う?と差し出されたチョコレートと爽やかに笑う恐らく先輩であろう人の顔を見比べた。

「……そうですが、あの…」
「ああ、自己紹介が遅れたね。俺は新開隼人。箱根学園自転車競技部、エーススプリンターさ」

で、た、よ、自転車競技部。なんか撃たれたし。なに?なんで今おれ撃たれたの?思わずガードしてしまった。

昨日の福富先輩とのやり取り以降、これはもしかしたら荒北先輩からも直接なにか言われるんじゃないかと気が気じゃなかった。思えば一方的に別れを告げたわけだし、荒北先輩のプライドというか何かしらを傷付けたんじゃないかとか。そうじゃなきゃわざわざ主将さんが訪ねてくるわけないもんなとか。でもそんなおれのビクビクなんかどこ吹く風で、あれから自転車競技部の人がやって来ることはなかった。

だから安心してたのに、今日も来たのか。違う人だからまだマシだけど。

「…あ…荒北先輩のことでしょうか」
「ヒュウ!分かってるなら話が早い。昨日寿一も聞きに行ってたみたいだけど、俺も直接聞きたくてさ」
「は、はあ…(ヒュウ?)」
「怖かったろ、あいついつも真顔だからさ。でも別にみょうじくんのことを責めてるわけじゃないんだ。昨日のことは気にしないでくれ」
(あれで責めてなかったつもりだったのか)

別に責められたくないわけでもないんだけどな。それくらい勝手なことをしたっていう自覚はあるんだし。それにしても、自分のことじゃなくて荒北先輩のことなのにわざわざ部員の皆さんが気にかけてくれるなんて、自転車競技部はさぞや素晴らしい友好関係で結ばれているんだろうな。素直にすごいなと思えた。

「それで?どうして靖友と別れたんだ?」
「(名前呼び…)それは……って、昨日福富先輩から聞いてないんですか?」
「聞いたのは聞いたけど、あの男は分かっていないの一点張りでさ」
(す、素直に答えたのに…ひでえ…)
「だからみょうじくん本人から聞こうと思ってね」
「………別れたのは、おれの勝手なんです」

仕方ない。福富先輩ほど威圧感がないとはいえ一応先輩だし、適当に答えちゃ失礼だろう。正直に全部話して納得してもらうしかない。福富先輩より話しやすそうだし。福富先輩より怖くないし。おれどんだけ福富先輩のこと怖がってんだよ。

「付き合えたこと自体、ほんと、奇跡みたいなもんだったから。その事実だけでも嬉しかったんです。けど、それは、荒北先輩の優しさでしかなかったから」
「……優しさね…」
「…おれだけだったんです。好きなのは。それを知ってたから、先輩はおれを切りたくても切れなかった。だから、おれの方から、別れてもらったんです」

もっと前から分かってたことなのに、先輩の優しさにつけ込んでたんだおれは。遅かれ早かれどうせこうなってた。それでも先輩は優しいから、おれを無下になんて出来なかったんだろう。

「…もう先輩とは終わったんです。心配しなくても今後一切関わることは」
「本当に終わったのかい?」
「え」
「靖友のこと、もう嫌いになった?」

嫌い?荒北先輩のことを?誰が?俺が?

嫌いになんてなれるわけない。だから別れたんだ。これ以上大好きな荒北先輩の負担になりたくなかったから。

「……そんなに難しい顔して考え込むくらい、まだ好きなんだろ?」
「!」
「なのに別れるなんてやっぱりおかしいと思うよ俺は。靖友もそうだけど、もう一度ちゃんと話し合った方がいい」
「……今さら、あの人に会わせる顔なんて、ないです」
「どうして?」
「…それは……」
「同情で付き合ってた男にフラれて、怒り心頭なんじゃないかって?」
「………」

なんだこの人、初めて会ったのにこんなにズバズバ人の思ってることが分かるなんて。そして相変わらず崩れない爽やかな笑顔。きっとモテるんだろうなこの人。きっとというか、さっきからすれ違う女子がみんな顔赤くしてこの人のこと見てるもんな。モテモテだな。

「…そう思ってるのは、きっとおめさんだけだぜ?」

どうでもいいことを考えて気を紛らせようとしたら、空いていた手にチョコレートを握らされた。ハッとして下げていた顔を上げると、軽く手を振って行ってしまった新開先輩。

ていうか、いま、なんかすごい爆弾落としていかなかったか?




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