「お前がみょうじか」
「あ、は、はい。みょうじです、が、」

なにこれ。

「俺は箱根学園自転車競技部主将、福富寿一だ」
「ぞん、じております」

なにこれ。

「単刀直入に聞く」
「はい」
「なぜ荒北と別れた」

なんだこれ。しかも本当に単刀直入だし。

後ろはわいわいガヤガヤととあからさまにざわつくクラスメートたち。そして前には背の高い金髪強面男。質問理由とか翌日いきなり聞きに来るのかとかまず付き合ってたこと知ってたのかとかツッコミどころが多すぎる。しかし残念ながらこんな怖い顔したしかも先輩様に堂々とつっこめるほどのスキルと度胸は持ち合わせていなかった。福富先輩。存在や名前自体は荒北先輩からよく聞いていたし、先輩の練習をこっそり見学しに行っていた時に見たこともあったから知っていたのは知っていた。けど話すのは初めてだし、福富先輩からすればおれとは初対面のはずだろう。なのになんでわざわざ。しかもその内容が、どうして別れたのかだって?もう訳がわからなすぎて辛い。だからといって助けを求めようにもどこに求めればいいのか。同じ部の部員たちはみんな他のクラスだし同じクラスだとしても先輩相手じゃ助けてくれないだろう。詰んだ。

「…え……っと…そ、その…」
「…………」
「あ…荒北先輩とは、たしかに、昨日お別れし」
「なぜだ」
「ひっ、あ、はい、すみませ…!」
「俺はその理由を聞いている」

思わず謝ってしまったが福富先輩の表情は変わらない。こ、こわい。理由?理由は、まあ、まずこんな人の多い場所で話せる内容ではないような気がするが。おれはともかく荒北先輩におかしなレッテルを貼られてしまうのは非常にまずいだろう。もう終わったとはいえ男と付き合っていただなんて、好奇の目に曝される未来しか見えない。というか、おれたちが付き合っていたことを知っているのなら別れる理由だってそれとなく察してくれてるはずだろうに。こっちが一方的に好きなだけだったからです〜なんておれ自身あんまり口に出して言いたくないんだけど。

「…その…なんていうか…」
「…………」
「……遊び、だったんですよ」
「なに?」
「あっ、や、えっと、その、お、おれがただ一方的に好きだっただけなんです!それで、せ、先輩は優しいから…」

そうだ、あの人はどこまでも優しい人だったから。

「……だから、断れなかったんですよ…それで」
「それはつまり」
「はっ、はいっ?」
「荒北は好きでもない人間と付き合っていたと言いたいのか?」
「っ、」

じとり。感情の読み取れない目で見下される。怖じ気づきそうになったけど、でも、真実だ。あの人がおれを好いてくれていた姿なんて見たことがない。付き合う前も付き合った後も何も変わらなかった。ただ休みが合えばどこかへ遊びに行ったり、お昼を一緒に過ごしたりはしたけど、それだけ。しかも全部おれから誘ってたし。あの人から誘われたことなんて一度だってなかった……ってなにこのさびしい思い出。思い出すだけで精神的ダメージがやばい。なんかお腹痛くなってきた。

とりあえずもうすぐチャイム鳴るし周りの視線も痛いのでそろそろお帰り願いたいところなんだけどなあ。ちらりと福富先輩の顔を盗み見る。おれの返答にひどく不思議そうにしていたけれど、真剣な顔はそのままだった。

「…せ…先輩、すみません、もうすぐチャイムが…」
「荒北は」
「!」
「そんな無責任な男ではない」
「へ」

無責任。

…無責任?どういうことだろう。そのまま踵を返した福富先輩へあの、と手を伸ばしたが、チャイムの音にかき消されてしまった。

(なんだったんだろう、いったい)

呼び出された時は何事かと思ったけど、まさか荒北先輩とのことを聞かれるだなんて予想外だった。しかもよくわからないこと言われたし。荒北先輩が無責任な男じゃないなんて、そんなこととっくに知ってる。だからこそおれなんかの気持ちを尊重して今まで黙って付き合ってくれてたんだろう。

結局福富先輩が何を聞きたかったのかも何を言いたかったのかもよくわからなかった休み時間だった。




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