「今までありがとうございました」

映画館からの帰り道。なんの前触れもなくそう告げた。目の前にいるおれが大好きだった先輩は、訳がわからないという顔でハ?とだけ答えた。深い意味なんてない。そのままだ。おれはこの半年間、形だけでもこうして“この人の恋人”という肩書きを貰えたことが本当に嬉しかったんだ。

だけど、それももう今日で終わりだ。

「もう別れてほしいんです」

絶対に無理だと思っていた恋が叶って舞い上がっていたのはほんの数週間だけだった。やっぱり無理だったんだ。男同士だなんて。半年でもよくもった方だと思う。

本当はまだどこかでこの人のことを好きな自分がいる。でもそれ以上に疲れたんだ。独りよがりでしかないこの恋に、いつまでもすがっていられるほど強くはなかった。それに、もうこれ以上この人の重荷になりたくない。

「お情けとはいえ、この半年間、幸せでした。ありがとうございました」

深く頭を下げながらそう続ける。とても顔を見ることなんて出来なかった。今にも泣いてしまいそうだったから。

「……そうかヨ」

淡々とした冷たい声。そうか。そうだよな。少しでも引き留めてくれるんじゃないかって期待する方がおかしい。

「荒北先輩、本当に、ありがとうございました…っ」

やばい、涙が。見られないようにそのままその場から逃げるように走った。引き留める言葉も腕もありはしない。

これでよかったんだ。おれも、先輩も。この半年間はただの夢だったんだと思えばいい。今までと変わらず、静かに過ごしていけばいい。昨日までのことは全部夢。何もなかった。あの人も、そうして何事もなかったかのように過ごしていくんだろう。










そう思っていたのに。

「え、あれ、誰?」
「三年じゃね…?」
「顔厳つい…」

「美術部のみょうじはいるか。話があると伝えてくれ」

どうしてだかあの人と別れる前よりも騒がしい日常が待っていたのだった。






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