8 「おい」 「…………」 「っ、おい、雪成!」 俺の声なんて聞こえないふり。強引に腕を掴んだまま、街灯の下を足早に駆け抜ける。荒北くんの姿はすっかり見えなくなっていた。なんだよこいつ。なんでここにいるのがわかったんだよ。このまま寮へ向かう気か?荒北くんになんの挨拶もなく?負けたから? そうか、あんなに隠そうとしてた“誰かに負けた”って事実を知られて焦ってるんだ。なら、 「……お前、負けたんだってな」 「!!」 包み隠さずはっきりそう言ってやると、面白いくらいビタリと動きを止めた雪成。俺の腕を掴んでいる手は冷たくて、それがこいつの焦燥具合を嫌ってぐらいに教えてくれた。けどそんなの関係ない。今まで散々好き勝手されてきたんだ。そう思うともう俺の口は止まらない。 「ダサいな。今のお前、すっげえダサいぞ」 「………」 「あれだけ啖呵切ってたくせに負けたんだな。しかも俺に知られたくなくてひた隠しにしてたんだろ?」 ざまあないな。そう続けたけど、雪成は反応しない。それほどまでにショックが大きかったのだろうか。まあ興味もないし関係もない。 俺はお前に負けた時、もっとショックだったし傷付けられた。それを楽しんでたこいつに同情の余地なんてない。 「なあ、どんな気分だった?即レギュラーだなんだって好き勝手に公言したくせにあっさり負けて。それを自分より格下の俺に知られて。どんな気分だよ、なあ、ゆき…」 やっとこちらを見た雪成は、怒るでも焦るでもなく、ただ泣きそうだった。言葉は途切れたのに、口が閉じない。恐らく間抜け面を晒してしまってるんだろうけど、体が動かなかった。こんな顔初めて見たからだ。悔しいとは少し違う、ひどくなにかを恐れてるような、そんな顔。 なんだそれ。なんでそんな顔してるんだ。お前ならふざけんなとか、今に見てろとか、逆上したっておかしくないだろ。それくらいの発言をした自覚はあるのに。そんなリアクションは想像してなかったし望んじゃいない。もっと悔しそうな、憎悪に満ちた顔を見たかったのに。何をそんなに怖がってるんだ。負けたことに対してか。それとも俺に罵倒されたことに対してか。どちらもその表情をさせるほどの問題ではないと思うのだけれど。 「……次は、」 「!」 「次は、絶対に勝つ。もう負けない。負けなんてありえない」 震える声は注意深く聞いていないと分からないくらい小さかった。 「また勝負挑んで、必ず勝つ」 「………」 「勝つから、」 「……俺には関係ない」 勝つからなんだよ。そんなの知らない。お前が今後勝とうがまた負けようがどうでもいい。さっきの動揺を悟られないように、腕を掴んでいた手を乱暴に振り払って寮まで走った。負けなんてありえないって、どれだけプライド高いんだあいつ。それなら俺なんかにちょっかいかけてないで、荒北くんみたく勝てるように練習でもすればいいんだ。才能があるからって誰にでも勝てると思うな。 なんて、そんなこと、才能もない努力もしない俺なんかに言われたくないだろうけど。 「……次は絶対に勝つ、から、」 だから目移りしないで。 160306 |