月光 | ナノ






「おい」
「…………」
「っ、おい、雪成!」

俺の声なんて聞こえないふり。強引に腕を掴んだまま、街灯の下を足早に駆け抜ける。荒北くんの姿はすっかり見えなくなっていた。なんだよこいつ。なんでここにいるのがわかったんだよ。このまま寮へ向かう気か?荒北くんになんの挨拶もなく?負けたから? 

そうか、あんなに隠そうとしてた“誰かに負けた”って事実を知られて焦ってるんだ。なら、

「……お前、負けたんだってな」
「!!」

包み隠さずはっきりそう言ってやると、面白いくらいビタリと動きを止めた雪成。俺の腕を掴んでいる手は冷たくて、それがこいつの焦燥具合を嫌ってぐらいに教えてくれた。けどそんなの関係ない。今まで散々好き勝手されてきたんだ。そう思うともう俺の口は止まらない。

「ダサいな。今のお前、すっげえダサいぞ」
「………」
「あれだけ啖呵切ってたくせに負けたんだな。しかも俺に知られたくなくてひた隠しにしてたんだろ?」

ざまあないな。そう続けたけど、雪成は反応しない。それほどまでにショックが大きかったのだろうか。まあ興味もないし関係もない。

俺はお前に負けた時、もっとショックだったし傷付けられた。それを楽しんでたこいつに同情の余地なんてない。

「なあ、どんな気分だった?即レギュラーだなんだって好き勝手に公言したくせにあっさり負けて。それを自分より格下の俺に知られて。どんな気分だよ、なあ、ゆき…」

やっとこちらを見た雪成は、怒るでも焦るでもなく、ただ泣きそうだった。言葉は途切れたのに、口が閉じない。恐らく間抜け面を晒してしまってるんだろうけど、体が動かなかった。こんな顔初めて見たからだ。悔しいとは少し違う、ひどくなにかを恐れてるような、そんな顔。

なんだそれ。なんでそんな顔してるんだ。お前ならふざけんなとか、今に見てろとか、逆上したっておかしくないだろ。それくらいの発言をした自覚はあるのに。そんなリアクションは想像してなかったし望んじゃいない。もっと悔しそうな、憎悪に満ちた顔を見たかったのに。何をそんなに怖がってるんだ。負けたことに対してか。それとも俺に罵倒されたことに対してか。どちらもその表情をさせるほどの問題ではないと思うのだけれど。

「……次は、」
「!」
「次は、絶対に勝つ。もう負けない。負けなんてありえない」

震える声は注意深く聞いていないと分からないくらい小さかった。

「また勝負挑んで、必ず勝つ」
「………」
「勝つから、」
「……俺には関係ない」

勝つからなんだよ。そんなの知らない。お前が今後勝とうがまた負けようがどうでもいい。さっきの動揺を悟られないように、腕を掴んでいた手を乱暴に振り払って寮まで走った。負けなんてありえないって、どれだけプライド高いんだあいつ。それなら俺なんかにちょっかいかけてないで、荒北くんみたく勝てるように練習でもすればいいんだ。才能があるからって誰にでも勝てると思うな。

なんて、そんなこと、才能もない努力もしない俺なんかに言われたくないだろうけど。













「……次は絶対に勝つ、から、」

だから目移りしないで。




160306

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