6 結局あれから荒北くんとは話せていない。会いに行こうと思えば会いに行けたけどそうしなかったのは心のどこかで罪悪感に苛まれていたからだ。部外者の俺から見てもわかるくらい、あんなに自転車と純粋にひたむきに向き合っていた荒北くん。そんな彼が、あんなやつに負けただなんて思いたくない。でもあいつの身体能力やポテンシャルの高さを考えると、もしかしたら、なんて最悪なことを想定してしまう。 (けど、) もしも、本当にもしもあいつが荒北くんに勝っていたとしたら。あいつの性格を考えたらすぐにでも嫌味ったらしく自慢してくるだろう。でも自転車競技部に入るという報告以降、部活の話は一つも聞いていない。これでは俺の最悪の想定や、荒北くんの態度との辻褄が合わなくなる。直接聞こうかとも思ったけど、極力自らあいつと関わるのは避けたいからそれも出来ずにいる。明日、失礼を覚悟で荒北くんにきちんと聞いてみようか。 「よう、なまえ」 「!」 「晩飯食いに行こうぜ」 ノックもなしに部屋に入ってくるのはこいつくらいだ。ちょうど頭の中で思い浮かべていた人物の一人の登場に、眉間にシワが寄っていくのがわかった。 「……いま何時だと思ってるんだ」 「20時」 「もう済ませたに決まってるだろ」 「はあ?なんだよそれ。一人で勝手に食うなよ」 どこか疲れた様子で現れた雪成は、さもおかしいと言いたげにそう言った。キレられる意味がわからない。どうして俺がそんな当たり前のようにお前に合わせて行動しなきゃいけないんだ。お前の世界の中心がお前だろうと俺の世界の中心はお前なんかじゃない。 「お前の都合なんか知るか。食うなら一人で食いに行ってこい」 「ふざけんな」 「っ、おい!」 「どうせ暇なんだろ?付き合えよ」 座っていた椅子から無理矢理立たされた。そのまま引きずるように俺をつれて部屋を出た雪成。すぐ振りほどいて怒鳴り付けてやろうと思ったのに、消灯時間まで時間があるからか廊下にはまだ人がいる。騒ぎにはしたくない。 どこまでいっても結局自分が一番可愛いんだ、俺は。 「お前今日なに食ったの?」 「…唐揚げ丼」 「ふーん」 日替わりランチを頼んだ雪成は、つまらなそうにそう言うと味噌汁を啜った。興味ないなら聞くなよ。そう返す代わりにため息をつく。 食堂が閉まるのは21時だから、当然のようにもう人はいない。調理担当のおばさんたちに優しいお兄ちゃんだねと言われた。本当にそうだったらよかったのにな。 「こんな時間になるまで何してたんだ」 「……別に」 「……なんでもいいけど、こんなの今日だけだからな。今後また今日みたいにお前のむちゃくちゃな予定に合わせるつもりはない」 「ケチケチすんなよ。独り飯なんて寂しいだろ?明日以降も今日みたく遅くなるだろうけど、ちゃんと待っとけよな」 どうしてここまで自分勝手な言動がとれるんだろうか。高校に入るまでの約15年間ずっと一緒に育ってきたはずなのにここまで違ってくるのかと感動すら覚える。これ以上この自己中心的でしかない話を聞いていたら怒りを我慢しすぎてぶっ倒れそうだ。なにか別の話…… (ああ、そうだ) ちょうどいい。部活の話をすればいいんだ。 「……なあ雪成」 「!」 話を遮るように名前を呼ぶと、ビックリしたような顔をした。なんだその顔。 「…なんだよ」 「どうだ、部活」 「っ、」 「高校に入るとレベルも高くて驚いたか?それとも、お前が言ってたように即レギュラーとか…」 それとなくそれとなく聞くつもりだったのに、言葉が途切れてしまった。雪成がものすごい形相で俺を見ていたから。 「……雪、成?」 「お前、」 「!」 「なにか、聞いたのか。あの人から」 「あの人…?」 「……知らねえなら、いい」 なんのことだか分からないが、俺がなにも知らないとわかると安堵したようにため息をついた雪成。なんだろう、明らかに焦ってる。動揺してる。こいつが俺に対してそんな感情を読み取らせるなんて珍しい。 自転車競技部で何かしらあったらしい。それが荒北くんと関係してるのかは知らないけど、これ以上はなにを聞いても話してくれないだろう。俺がどんなに鬱陶しそうな顔を見せてもその口を閉じなかった雪成が、気難しい顔で食事に集中しだしたのが何よりの証拠だ。 何があったのかは知らないし興味はないけど、恐らく都合の悪いことが起きたんだろう。俺の前でも動揺せざるを得なくなるような何かが。数日前はあんなに自信たっぷりだったくせに。ざまあみろ。 160303 |