月光 | ナノ






一年の頃はなんとも思わなかったこの時間が、二年になって以降はずっと続けばいいのにと思うようになった。しかしそんな俺の願いもむなしく、授業終了を知らせるチャイムは高らかに校内に鳴り響く。和気あいあいと賑やかになるクラスとは正反対で、俺の心はどんどん重く暗くなっていく。チャイムが鳴ってから5分は経っただろう。そろそろか。

「黒田くん、」

ほら、来た。

「一年の子が呼んでるよ。もしかして弟くん?そっくりだね!」
「あー、はは…ありがとう」

一年の時は関わりがなかったクラスメートの女子に呼ばれたので、渋々顔を上げる。にこにこ話す彼女に曖昧に笑い返して、行きたくもないドアへ向かうと、そこには憎たらしい笑顔を浮かべた雪成がいた。

「迎えに来たぜ」
「…頼んでない」
「じゃあ追い返せばいいのに」
「………」
「…ま、出来るわけねえか。弟思いの優しいオニイチャン演じたいもんなあ?」
「……昼飯だろ。さっさと行くぞ」

ニヤニヤニヤニヤ。ぶん殴ってやりたい。そんなこと、出来ないけど。こいつとまともに話してたら苛立ちしか生まれない。用件はもう分かってるんだからさっさと行こうと先に歩き出した。すると雪成は早歩きで追いかけてきて、わざわざ隣にならんで歩く。やめろよ、と目で訴えたって気付かないふり。ただでさえこの髪のせいで目立つのに、そんな二人が揃って歩いてたら余計目立つ。

「なにあれ、兄弟?」
「仲良さそうだね」
「黒田の奴、弟いたんだな」

ざわつく声が嫌でも耳に入ってくる。二年になってから一週間。こいつは変わらず四時間目の授業が終わるとすぐ俺の教室にまでやってきて、一緒に昼飯を食おうと誘ってくる。無下にできないのはこいつが言っていた通り、俺のイメージを下げないためだ。荒北くんと違うクラスになってしまった俺は気心知れた友達がまだいない。手っ取り早く作るためには、少しでも良いイメージを周りに持たせていた方がいいだろう。それを知ってるから、雪成は毎日こうしてしつこく誘ってくるんだ。確か中学の頃もこんな風に接してきたから、当時も昼休みが大嫌いだった。俺と似ていい性格してると思う。こういうとこでも兄弟としての性質が現れてるんだろうか。

こいつと二人でいる時は、極力無心になるようにしてる。どうでもいいことを考えながら、ベラベラと御託を並べるこいつの話に適当に相槌を打って、時間が過ぎるのを待つ。昼休みはまだ楽だ。時間が限られてるから。けど、寮に帰ったあとの鬱陶しさは昼休みの非じゃない。さすがに毎日ではないが、タイミングが合えば消灯時間まで部屋にいるのなんか当たり前だし、夕食も風呂も一緒に済まそうとしてくる。俺にとっては地獄でしかないその時間を、雪成はとても楽しそうに過ごしているのだから理解ができない。俺の苛立つ姿がそんなに好きなのか。だとしたら、本当に、どうしようもないほど最低最悪の悪魔のようなやつだ。




「……おい、聞いてねーだろ、話」
「…いつものことだろう」
「チッ……明日、チャリ部入るんだって」
「チャリ部?」
「自転車競技部だよ。お前、クラスメートにいたじゃねえか」

ランチセットで出てきたサラダのレタスにサクリとフォークを刺しながらぼんやり考えた。自転車競技部。ああ、荒北くんと同じ部に入るのか。

「高校ではしないんだな」
「あ?」
「助っ人活動」

皮肉るようにそう言うと、ピクリと反応した雪成。それに気付かないふりをしてレタスを口に運ぶ。青じそがよく絡んでいて美味しい。

「…近所に幼馴染みいたろ。覚えてるか?塔一郎ってやつ」
「……覚えてる。睫毛長い子」
「そいつに誘われて始めてみたら、結構しっくりきてさ。ここは名門校だし、ちょうどよかったんだよ」

泉田塔一郎くん。懐かしい名前が出てきたな。あの子はこいつと違っていつも素直で真面目でいい子だった。あんな子が弟だったらと何度思ったことだろう。それを伝えたところで、残念だったなと嘲笑ってくるだけだろうけど。

「俺ぐらいの実力なら、レギュラーなんかすぐだと思うぜ。前に会ったお前のクラスメートにだって勝ってやる」

クラスメート、というと、荒北くんのことだろう。そのクソみたいな傲慢をへし折ってやりたいところだが、悔しいことに、こいつのスポーツ万能っぷりは兄である俺が一番よく知っている。お前には無理だなんて負け犬の遠吠えにすらならないのだ。

「どっかの誰かさんみたいに、俺との実力の差に絶望して辞めなきゃいいけどな」
「………」
「まあ見てろよ。お前の自慢の弟が、高校でも大活躍する姿をさ」

心底どうでもいい。そう吐き出すように、最後に残ったトマトに思いきりフォークをぶっ刺してやった。




160228

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