最後 「お疲れ月島くん。もう上がっていいよ」 「あ、はい」 お疲れさまです、と軽く頭を下げてタイムカードを押しに行った。今日はいつもより早く終われたなと時計を眺める。まだスーパー開いてるかな。今日は久々に贅沢しようかな。そんなどうでもいいことを考える。 月島光と書かれた名札の貼ってあるロッカーを閉めて、職場を出た午後八時。 あれからもう何年経ったんだろう。少なくとも10年は経っていると思う。遠い昔、様々なことが立て続けに起きた高校時代。あのあとの俺の行動はきっと誰にも知られていない。少しだけ事情を知っている母さんと父さんですら、今俺がどこで何をしているのかすら知らないだろう。ただ一言、何も言わずに一人立ちさせてくれと頭を下げた。少しばかりの資金でなんとか今日まで生き延びて、今はそこそこ収入のいい職場で働かせてもらっている。 黒田なまえはあの日に死んだ。今俺は月島光として生きている。一人はいいもんだ。何も考えず、自分のためだけに生きている。非常に心地いい。 「…!」 名前を捨てた。過去も捨てた。何もかも捨てた。だけど、ショーウィンドウに映った銀髪だけはそのままだった。さすがに髪型は変えてるけど、色はまったくそのまま。 これは自分への戒めだ。忘れるな。俺は誰も愛しちゃいけない。愛されちゃいけない。 「……やっぱりそのまま帰るか」 スーパーまでの道のりは街灯や車の通りが多いから明るすぎる。なぜだか今日は、あの頃みたいな卑屈な気持ちになってしまう。街灯も人通りも少ない近道を使って帰ろうと踵を返した。 寂しくないと言えば嘘になるし、家族に会いたいかと聞かれれば会いたいと答える。でも、もう全部あの時に捨てたから。今さらそれらを望む権利は俺にはないから。 これからも俺はたった一人で人知れず生きていく。それが、二人からの愛情を拒んだ代償だ。 (明日も早く帰れるかな) 見上げた空には、真っ暗な闇の中、綺麗な月が一人ぼっちで光り輝いていた。 「よう、なまえ」 あれ、 「やっと見つけた」 その名前には聞き覚えがあった。もう何年も聞いていなかったはずなのに、あの頃よりも少し低くなっているその声を、確かに俺は知っている。 「言ったろ、絶対逃がさねえって」 振り返った先 暗闇の中 月光が照らしたのは、 160424 |