月光 | ナノ




24


(キャラ同士の暴力表現があります注意)

 
















ぽつりぽつりとなにかが溢れていく。それに比例していくように体が軽くなっていく。溢れて溢れてどんどん溢れて、それはいつしか大きな黒い黒い水溜まりになっていた。池のような湖のような沼のような。真っ黒で底がまったく見えないそれにずぶりずぶりとはまっていく誰かがいる。銀髪の少年と黒髪の少年は、まるで自ら望んでその闇に溺れているようだった。とても見ていられなくて目を閉じたはずなのに。次の瞬間視界に飛び込んできたのは目蓋の裏の世界じゃなくて、見慣れた天井と、夢の中で見た黒髪の少年だった。

「……荒北、くん」
「オハヨ、なまえ」
「………また眠ってたのか、俺は」
「そうだネ、ぐっすり眠ってた」

これでもう何度目だろうか。回数はわからないけれど、明らかに異常なほど眠らされていたことには気付いていた。それが荒北くん本人の手によるものだということも。さっき見たあれは夢ではなくて、きっと真実だったんだろう。すべての原因は俺なんだろう。

それなら、もう俺が全部終わらせる。

「喉、乾いたろ?」

差し出された水を飲むのは、恐らくこれで最後だ。

「ありがとう」

ごめんね。本当にごめん、荒北くん。

「気にすんな」

また微睡んできた意識の中、ひたすら謝罪の言葉を繰り返した。

俺は気付かないうちに、君のことまで壊してしまっていたんだ。













「……なまえ?寝た?」

軽く声を掛けて、ちゃんと寝たかどうかを確認する。帰ってくるのは小さな寝息だけ。それに安堵し、静かに部屋から抜け出した。そろそろ何かしら食わせてやらねえとな。

(適当に菓子パンでも買って帰っかァ)

菓子パンとジュースをいくつか買って、早足で部屋へ帰る。鍵をかけてるとはいえ、また黒田が待ち伏せしてねえとも限らねえからな。俺がいないうちにドア越しだとしてもなまえと接触されちゃ困る。

食堂からの帰り道。部屋の前の廊下まで帰ってきたが、黒田の姿は見えねえ。さすがにもう諦めやがったかと鍵をドアノブに差し込んだ。その時、すぐに感じた違和感。

「……鍵、したよな?俺…」

鍵を回したがガチャリという聞き慣れた音と感触が一切なかった。まさか閉め忘れ?いや、そんなはずねえ。こんだけ毎日注意してたのに、今日に限って忘れるなんざあり得ねえ。中から開けたとしてもなまえはまだ夢の中だから不可能だ。だとしたら、犯人は第三者…

「っ、黒田ァ!!」

勢いよくドアを抉じ開けた。けど中にはもう誰もいない。黒田も、なまえもいなかった。

あんなに、あんなに注意してたのに。こんなあっさり。ああ、イラつく。思わず笑みすら浮かべちまった。

「…逃がすかよ、ボケが…っ!」

振り返った瞬間、額めがけて固いなにかが飛んできた。

「つあっ…!?」

鈍い痛みを感じたのは一瞬で、次いで全身に衝撃。恐らくぶっ倒れたんだろう。黒く霞んでいく視界に最後に映ったのは、今度こそぶっ殺してやろうと思ってた黒田だった。

ふざけんな。こんなとこで終わってたまるかよ。あいつは、俺が













手に持っていたバットを放り捨てて部屋へ飛び込んだ。

「なまえ!どこだ、おい!なまえ!?」

名前を呼びながら部屋中を探したけど見つからない。てっきり厳重に閉じ込められてると思ってたから、隙をついて気絶させたってのに。

(本当は最初から別の場所に監禁してたのか?)

一通り部屋を探ったけど、やっぱりどこにもいない。とりあえず荒北さんが起きるまでに探さねえと。そう思って振り返ったら、

「……なまえ、」
「…雪成……」

けろりとした顔で、ドアの前に立っていたなまえ。俺と荒北さんを見比べたあと、ゆっくりした足取りで部屋に入ってきた。なんだ、もっと動揺するかと思ってたのに。けど今はそんなことどうでもいい。

「なまえ、言いたいこととか聞きたいこととかたくさんあるだろうけど、とりあえず逃げよう」
「………」
「もうここから離れよう。実家に戻るのが嫌なら、二人だけで遠いとこまで、一緒に逃げようぜ、なあ」

何度も言葉を投げ掛けるけど、なまえは一度もこちらを見ずに、机においてあった水を一口飲むだけだった。

話したくねえってか。そりゃそうだ、それが普通の反応だ。俺はそれくらいのことをしたんだから。でも、それでももうここにいちゃいけない。

「頼むなまえ。許してくれるならなんでもする。だから今は俺の言うこと聞いてくれ。早くここから逃げねえと…っ…」

いまだにこちらを見ようとしないなまえの肩を掴み振り向かせた。

同時に、なまえは俺の顔を掴んでキスをした。

「んっ、ぅ…!」
「…っ…はあ、」

流し込まれた水を思わず飲み込むと、最後にもう一度軽く唇が触れて、離れていった。なんで、どうして、キスなんか。俺のこと、恨んでるんじゃないのか?混乱してなまえを見つめると、返ってきたのは柔らかな笑顔だった。

「…なまえ…」

ああ、見れた。写真なんかじゃ比べ物にならないくらい、綺麗で優しい笑顔。もう二度と見れないと思っていた。なのにまた見せてくれた。

「なまえ、俺…」
「雪成」
「!」
「俺のこと、愛してる?」
「…当たり前だろ?」

愛してるよ。だからこんなことになるまでお前を追い詰めちまったんだろ。自分でも気持ち悪いくらい、ずっと前からお前だけが好きだった。お世辞でも綺麗だなんて言えるような感情じゃねえけど、俺の素直な気持ちだ。俺の中にあるたった一つの真実だ。

「俺は、お前、だけが…」
「…ありがとう、雪成」

あれ、なんだ、視界が歪んでいく。思考回路が停止していくのがわかった。なまえの笑顔が、姿が、声が、すべてが遠くなっていく。

待て。待ってくれ。行くな、なまえ。本当なんだ。俺はお前が、なまえ、


















静かに寝息を立てる雪成の額に、もう一度だけキスをした。

「ごめんな雪成。俺も愛してたよ」

うずくまって倒れていた荒北くんの唇にも、キスを一つ。

「荒北くんも、ごめんな」

俺も愛してたよ。二人とも、大好きだった。たった一人の弟として。たった一人の親友として。本当なんだ。嘘じゃない。だけど、もうこれで終わりだ。俺なんかと一緒にいちゃいけない。俺なんかのせいで壊れちゃいけない。二人は、俺の太陽だから。俺のいない世界で、ずっと光輝いていて。また誰かを明るく照らしてあげて。救ってあげて。俺がそうしてもらったように。


「さよなら」





160424

prev next