22 『兄さん』 ふわふわふわふわ。真っ白な靄がかかった不思議な空間に浮いているような気分だ。ここはどこだろう。自分の夢の中だろうか。さっきまで何をしていたんだったか。頭の中をひっくり返して考えてみたけれど思い出せない。どうにも頭がぼんやりしていて、思考能力はほぼ皆無だった。 『兄さん。ねえ、兄さん』 聞き慣れた幼い声が俺を呼ぶ。なんだよ雪成。まだ夕飯の時間じゃないはずだろう。そんなに呼ばなくても聞こえてるよ。どうしたんだ。父さんが呼んでるのか。母さんが探してるのか。それとも甘えに来たのか。 『兄さん』 『俺のこと嫌いにならないで』 姿は見えないのに、声だけは鮮明に聞こえてくる。嫌いになんてなるはずなかったのに。大事な大事な、たった一人の弟なのに。それなのに、先に嫌いになったのはお前の方だろう。 『俺、お前が見てくれるならなんでもする』 幼く可愛らしかった声が、突如低く鋭い声に変わってしまった。 なんでもする。だからお前は、あえて俺に嫌われようとした。それでお前は満足だったのか?お前の望む通りになっていたのか?そうだと思えないのは、俺の気のせいじゃないよな? もっと、もっと他に方法があったろうに。違う道があったろうに。どうして俺たちは一番最低で最悪の結末を選んでしまったんだろう。 「……なまえ?」 「……夢、見た」 「夢?」 「…雪成がね、出てきたんだ」 「……ふーん…だから泣いてたんだネ」 怖かっただろ、と優しく頭を撫でてくれた荒北くん。まだ微睡む意識の中、薄暗い部屋の天井と荒北くんの姿が見える。俺はどれくらい眠っていたんだろう。 「…怖くなかった」 「!」 「ただ、どうして、俺たちは、こうなってしまったんだろうって」 「………」 「…もっと、別の道が、」 「まだ疲れてんなァ」 「っ、」 不意にベッドから抱き起こされた。体がだるい。荒北くんの体に凭れていると、水の入ったコップを手渡された。 「…ありがとう」 「ん」 口をつけてみるとそれは冷たすぎず温すぎずで、スーっと飲み干すことができた。空になったコップを返すと、また俺の体をベッドに倒した荒北くんは、どこか楽しげで、 「……なんだろ…今日は、すごく眠い」 「自分じゃ気付いてねえだけでまだ体は疲れてんだヨ。もうちょい寝てればァ?」 「…ん……」 まるで眠りに誘うような優しい優しい声。まただ。また意識がふわふわしてきた。そんなに疲れてたのかな。 「オヤスミ」 大きな手で視界を塞がれればもう成す術がなくて、俺は素直に意識を手放した。 160422 |